短編小説:『場違いな青と金』

その年の夏、列島を襲った豪雨は、この地方にもかつてない爪痕を残した。

濁流が引いてから三日が経っていたが、町全体を覆うヘドロの臭いは鼻腔にこびりついて離れない。災害ボランティアセンターとして開放された市民グラウンドの駐車場には、朝早くから県内外の人々が列を作っていた。

誰もが疲弊していた。受付を待つ人々の顔には、善意の裏側に隠しきれない疲労と、終わりの見えない復旧作業への焦燥が滲んでいる。

その重苦しい静寂を切り裂いたのは、場違いな爆音だった。

バリバリバリ、という鼓膜を震わせる排気音が遠くから近づいてくる。列に並んでいた中年の男性が顔をしかめて振り返った。

視線の先、泥にまみれた国道から駐車場に入ってきたのは、鮮やかな水色のワンボックスカーだった。

災害現場には似つかわしくない、改造車だ。車体からはみ出さんばかりの巨大なリアウイングが揺れ、地面スレスレまで車高を落としたローダウンのボディが、泥道の段差でガリガリと不快な音を立てている。

「ちぇ、野次馬か……」

列のどこかで誰かが吐き捨てるように言った。

「勘弁してくれよ。見物なら早くどっかに行ってくれ」

被災地の惨状を背景に写真を撮りに来る、いわゆる「災害野次馬」への嫌悪感が、さざ波のように列へ広がっていく。苛立ちを含んだ視線が、その派手な車体に突き刺さる。

しかし、水色の車は帰ろうとはしなかった。あろうことか、エンジンをふかしたまま、人々が並ぶテントの目の前、駐車場のど真ん中に横付けしたのだ。

エンジンが切れると、一瞬の静寂が戻る。だが、空気は先ほどよりも張り詰めていた。

ボランティアセンターの管理人が、バインダーを抱きかかえ直しながら足早に歩み寄る。トラブルは御免だ、という緊張がその背中から見て取れた。彼が注意をしようと口を開きかけた、その時だ。

スライドドアが乱暴に開き、車内から男たちが降り立った。

三人組だった。

全員が金髪で、だらしないスウェットやジャージを身にまとい、耳にはいくつものピアスが光っている。いわゆる「ヤンキー」と呼ばれる風貌の若者たちだ。彼らは降り立つやいなや、不機嫌そうな顔で辺りを睨み散らかした。

管理人が息を呑み、受付の女性スタッフが身を固くする。列に並ぶボランティアたちの間に、「関わるな」という無言の合図が走った。誰もが、彼らが何かしらの文句をつけに来たのだと直感した。

男たちは無言のまま、車のリアゲートを開けた。

そして、三人はその背に、大きな荷物を担ぎ上げた。

一人用のテントと、寝袋だった。

彼らの手には、使い込まれた剣先スコップが握られている。そして足元を見れば、泥汚れのついた長靴が、しっかりと地面を踏みしめていた。

管理人が呆気にとられて立ち尽くす中、彼らは迷うことなく受付のテーブルへと歩き出した。

ガッ、ガッ、ガッ。

意図的に鳴らしているわけではないだろうが、その長靴の音は、妙に力強く響いた。

彼らは、自分たちの食料も寝床もすべて持参してここに来たのだ。「被災地の世話にはならない」という、自己完結の装備だった。

その背中には、先ほどまでの威圧感とは違う、確固たる意志のようなものが漂っていた。

派手な水色の車だけが、駐車場の真ん中にぽつんと取り残されている。

受付用紙にペンを走らせる金髪の若者たちの横顔を、列の人々はただ黙って見つめていた。

(了)