私立「漢字学園」。ここは日本常用漢字、及び人名用漢字たちが集う学び舎である。
この学園には、絶対的なヒエラルキーが存在した。
それは画数ではない。部首の希少さでもない。
**「訓読みした時の、平仮名の長さ」**である。
その頂点に君臨し、廊下を我が物顔で歩く二つの影があった。
「おいおい、『蚊(か)』がいるぜ。短い、短すぎる」
「フッ……情けないですねえ。一息で終わる命とは」
そう言って笑うのは、学園最強のツートップ、「慮(おもんぱか)る」と「承(うけたまわ)る」である。
彼らは強い。圧倒的に強い。
「お・も・ん・ぱ・か」る。
「う・け・た・ま・わ」る。
漢字一文字の中に、実に5文字もの平仮名を内包しているのだ。
通常、漢字界において4文字(例:志(こころざ)す)あればエリートと呼ばれる中で、彼らの「5文字」は規格外の重戦車級。すれ違う「木(き)」や「胃(い)」たちは、そのプレッシャーに震えて道を譲るしかなかった。
「我々に並ぶ者はいない。我々こそが日本語の重みよ」
「左様。我々の『文字数』こそが正義なのです」
二人が肩を怒らせて教室に入った、その時だった。
ガララッ――。
教室の扉が開き、担任の「教(おしえ)る」先生が入ってきた。その後ろに、見慣れない生徒が立っている。
「席につけー。今日は転校生を紹介する」
ざわつく教室。
入ってきたのは、画数がやたらと多く、どこか鳥のような雰囲気をまとった漢字だった。
黒板にチョークが走り、その名が記される。
『鸚』
「……読めねえ」
「なんだあいつ、画数だけでイキってんじゃねえか?」
クラスメイトたちが囁く中、最強の二人、「慮る」と「承る」が立ち上がった。彼らのプライドが、新参者の画数の多さにピクリと反応したのだ。
休み時間、二人は即座に「鸚」を校舎裏へと呼び出した。
「おい、転校生」
「慮る」がニヤニヤしながら壁に手をつく。
「お前、画数は立派だけどよぉ……中身はどうなんだ? 俺たちは『5文字』だぜ? 想像できるか? この圧倒的な尺の長さが」
「承る」も眼鏡を直しながら冷ややかに告げる。
「この学園のルールを教えて差し上げましょう。読みの長さこそが力。貴方のような、ごちゃごちゃしただけの字に、我々の高尚な『5文字』が超えられるとは思えませんがね」
壁際に追い詰められた「鸚」。
しかし、彼は動じることなく、ただ静かに二人を見つめ返した。
「……なんだその目は。やる気か?」
「いいでしょう。では聞きましょうか。貴方の『読み』には、一体何文字の平仮名が入っているのです?」
勝負ありだ。クラス中の漢字たちが影から覗き込み、そう確信した。
たぶん「オウム」で3文字。もしくは音読みで「オウ」の2文字。
どうあがいても、5文字の王には勝てない。
沈黙の後、転校生「鸚」が口を開いた。
「……え? オレ?」
彼は事も無げに、自身の真の力を解放した。
「『おうむがえしにひとのことばをくりかえしていう』だけど?」
時が、止まった。
「……は?」
「慮る」の思考が停止した。
「えっ、ちょ、もう一回……」
「承る」の敬語が崩れた。
「鸚」は面倒くさそうに、もう一度その暴力を振るった。
「だから、『お・う・む・が・え・し・に・ひ・と・の・こ・と・ば・を・く・り・か・え・し・て・い・う』。……21文字だけど?」
ドカァァァァァァン!!!
校舎裏に衝撃波が走った。
5文字? そんなものは誤差だ。赤子だ。
21文字。それはもはや単語ではない。説明文だ。広辞苑そのものだ。
「ば、バカな……! それは読みなのか!? 意味じゃなくて読みとして成立しているのかーっ!?」
「慮る」が吹き飛びながら叫ぶ。
しかし「鸚」は涼しい顔で、ただオウムのように首を傾げただけだった。
「承る」は膝から崩れ落ちた。
「格が……違いすぎる……。我々は……たかが5文字で……神に挑んでいたというのか……」
最強の二人が、たった一文字の前にひれ伏した瞬間だった。
翌日から、「鸚」の周りには人だかりができた。
しかし彼は、誰に何を話しかけられても、ただ相手の言葉を繰り返すだけだったという。
漢字学園の勢力図は、たった一文字の「説明文(パワー)」によって、完全に書き換えられたのである。
(完)

