己の画数と形状こそが最強であると罵り合った、あの熱い抗争から数日。
「第二漢字工業高校」には、嵐の前の静けさが漂っていた。
「森」「品」「晶」「轟」「聶」。
かつては反目しあった彼らも、今は同じ教室の空気を吸うクラスメイトとして、微妙な距離感で教科書を開いている。
だが、その均衡は唐突に破られた。
担任の「集(あつまる)」先生が、教室の引き戸を開けるなり、あからさまに鼻をつまんで言った。
「……えー、また転校生だ。今日は一段と……『濃い』ぞ。入ってこい」
先生の合図と共に、教室の床がズズズ……と振動し始めた。
「どーもー!! 新入りでーす!! 押すなよ! 絶対押すなよ!!」
「……(カサカサ……ブンブン……)」
現れたのは、これまた強烈な二人の「三段重ね」漢字だった。
一人は、「犇(ひしめく)」。
「牛」という字がピラミッド状に3つ積み重なっている。彼は一人しかいないはずなのに、教室に入った瞬間、まるで牛丼屋の昼時のように人口密度が急上昇したような圧迫感を放っていた。
もう一人は、「蟲(むし)」。
「虫」が3匹、身を寄せ合うように重なっている。言葉は発しないが、全身から「羽音」と「足音」のような不快なノイズを放っていた。
「ちょ、ちょっと! 狭いよ! 君、一人分だよね!?」
「品」がスーツの襟を掴まれながら抗議する。
「おうよ! 俺は『牛』が3つで『ひしめく』だ! 俺がいる場所はすべて満員御礼! ギッシリ詰まってこそ人生だろォ! モー!!」
「犇」の突進力(スタンピード)は凄まじかった。
一番上の「牛」が方向を決め、下の二頭が力任せに押す。
この完全無欠の密集陣形により、広かったはずの教室は一瞬で「通勤ラッシュの山手線」状態と化した。
「ぎゃあああ! 押すな! 俺のボディが凹む!!」
「轟」が3つの車輪を踏ん張って対抗しようとする。
しかし、「犇」の圧力は止まらない。
「弱えなぁ『車』! エンジン切ってんじゃねえよ! ほら、もっと詰めろ詰めろ! 奥空いてるぞー!!」
「ぐほぉっ……!!」
「轟」は物理的な重量に押し潰され、壁のシミになりかけた。馬力(Horse power)では勝っていても、牛の突進力(Cow power)と質量には勝てなかったのだ。
一方、その大混乱の足元で、静かに動いていたのが「蟲」である。
「……おい、『森』。お前の枝……」
「晶」が震える指で指差した。
「ん? なんだ……う、うわあああああ!!」
「森」が絶叫した。
「森」の豊かな緑(木々の部分)に、「蟲」の構成要素である小さな「虫」たちが、ワラワラとよじ登っていたのである。
「やめろ! 俺は住処(すみか)じゃねえ! 巣を作るな!」
「森」が暴れるが、「蟲」たちは嬉々として葉っぱをかじり始めた。
相性最悪である。
「ひぃぃ! こっち来るな! 俺は『晶』だぞ! 光だぞ!」
「晶」がフラッシュを焚いて威嚇する。
しかし、「蟲」たちは光に集まる習性があった。
「(ブンブンブンブン……!!)」
「ぎゃあああ! 走光性ーーっ!! リアルな習性を出すなーっ!!」
「晶」は自らの輝きが仇となり、虫だらけになって廊下へ走り去った。
教室は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
牛の質量で物理的に圧殺する「犇」。
虫の習性で生理的に追い詰める「蟲」。
最強かと思われた「轟」や「森」たちが壊滅状態になる中、教室の隅で壁と一体化していた「聶(ささやく)」が、息絶え絶えに呟いた。
「……耳が3つある僕には……『犇』さんの足音と鳴き声が……3倍の大音量で聞こえるんだ……鼓膜が……」
パタリ。
聴覚過敏の「聶」が、騒音公害(ノイズパニック)で気絶した。
チャイムが鳴り響く。
転校初日にして、クラスの生態系は完全に崩壊した。
「数」でも「品格」でもない。「物理的な圧力」と「生理的な嫌悪感」という、野生の暴力がそこにはあった。
放課後。
ボロボロになった「森」と「轟」は、ひっくり返った机の陰で誓い合った。
「……なぁ。漢字ってのは、もっと平和なもんでいいんじゃねえか?」
「……ああ。明日は『休(やすむ)』とか『凪(なぎ)』みたいな奴らと遊びたいな……」
彼らが「静寂」と「過疎」に憧れを抱いた瞬間であった。
(完)
