「ねえパパ、あとどれくらい?」
後部座席から、不満げな声が飛んできた。
父親はハンドルを握り直しながら、バックミラー越しに息子の顔を見た。長時間の移動ですっかり飽きているようだ。
「もうすぐだよ。ナビでも、あと少しで到着になってる」
窓の外は漆黒の闇だ。街灯ひとつない暗闇が、ただひたすらに後ろへと流れていく。
一定のリズムで響く低い駆動音と、わずかな振動。それがかえって、旅の退屈さを助長させているようだった。
「暇だよー。ねえ、何か話そうよ」
息子が身を乗り出して言った。
「話すって言ってもなぁ。……じゃあ、さっきの続きでもするか」
父親は前を見据えたまま言った。「宇宙人の話」
「うん! 僕ね、やっぱり宇宙人は絶対存在すると思うんだ!」
さっきまで退屈そうにしていたのが嘘のように、息子の声が弾んだ。
父親は苦笑いを浮かべる。子供というのは、どうしてこうも未知のものに惹かれるのだろう。
「いやいや、そんなの存在しないよ」
父親は大人の常識として、やんわりと否定した。
「よく考えてごらん。もし本当にそんな不思議な生き物がいるなら、とっくに僕らに会いに来ているはずだろ? ニュースにもなってないし、誰も見たことがない。それがいない証拠だよ」
「でもさ、隠れてるだけかもしれないじゃん!」
「隠れて何をするんだい? わざわざこんな遠い場所まで来て、こっそり隠れるなんて、そんな物好きな生き物はいないよ」
父親はあくびを噛み殺しながら、手元のパネルで到着予定時刻を確認した。
予定通りのスケジュールだ。長い旅だったが、ようやく終わる。
「むー、パパはわかってないなあ」
息子は納得がいかない様子で、再び窓ガラスに顔を近づけた。
「ぜったいいるもん! 僕らが気づいてないだけで、きっとどこかにいるよ」
「はいはい。夢があるのはいいことだ」
ふと、前方から強い光が差し込んできた。
ずっと続いていた深い闇の向こうに、ようやく目的地が見えてきたのだ。
それは暗闇の中にぽっかりと浮かぶ、巨大な輝きだった。
「あ、見て! 着いた!」
息子が歓声を上げて指差した。
長い暗闇のトンネルを抜けて、ようやく視界が開けたような安堵感がある。
父親はブレーキに足をかけ、減速の操作に入った。
「やれやれ、やっと着いたか」
息子はその目の前に現れたまばゆい輝きをまっすぐに見つめ、興奮気味に言った。
「じゃあ、今度降り立つ星『ちきゅう』には、宇宙人がいるかもね!」
父親はハンドルを切りながら、軽く肩をすくめた。
「ははは、いないだろうけど、一応見ておこうか」
(おわり)
💡 作品世界を深める『読むサプリ』
📖 作品解説:叙述トリックの仕組み
本作は、結末で物語の前提がひっくり返る「叙述トリック」を用いたSFショートショートです。ここでは、少しだけ物語の裏側(タネ明かし)を解説してみたいと思います。
叙述トリックとは?
叙述トリックとは、読者が無意識に抱く「思い込み」や「常識」を利用して、文章の解釈を意図的に誘導する手法のことです。作者は決して「嘘」は書いていないのですが、情報を意図的に隠したり、複数の意味に取れる言葉を使ったりすることで、読者の脳内に事実とは異なるイメージを作り上げます。
本作で用いたテクニック:「舞台と視点の誤認」
このお話の前半を読んだ時、多くの方が「夜の高速道路を走る車内での、人間の親子の会話」を想像したのではないでしょうか。そう思っていただけるように、意図的な言葉のチョイス(ミスディレクション)を行っています。
- 「ハンドル」「バックミラー」「ナビ」「後部座席」「ブレーキ」
これらは私たちが日常で車に乗る際に使う言葉ですが、実は「宇宙船の操縦桿」「後方確認用モニター」「航法システム」「後方クルー席」「減速装置」として読んでも、全く矛盾しない言葉を選んでいます。 - 「暗闇のトンネル」「一定のリズムで響く低い駆動音」
これも夜のドライブの描写に見せかけて、実際は「広大な宇宙空間」と「宇宙船のエンジン音」を描写したものでした。
「宇宙人」という言葉の罠
最大の仕掛けは、親子が語り合う「宇宙人」という言葉です。
私たちがこの言葉を聞くと、無意識に「地球外生命体」を想像します。父親の「わざわざこんな遠い場所まで来て〜」というセリフも、読者は「地球にやってくる宇宙人」の話として受け取ります。
しかし最後の最後で、この親子の目的地が『ちきゅう』であることが明かされます。つまり、この親子自身が地球外生命体であり、彼らが会話の中で否定していた「宇宙人」とは、私たち「地球人(人類)」のことだった、という視点の反転が起きます。
このように、同じ文章でも「誰の視点か」が切り替わるだけで、世界がガラリと違って見えるのが叙述トリックの面白いところです。
💊 この作品を読む効能(ベネフィット)
日常生活の中で、無意識のうちに「自分の見ている世界が常識である」という先入観を持ってしまうことがあるかもしれません。
叙述トリックの物語を読んで「騙された!」と感じる瞬間は、そんな凝り固まった脳のフィルターがカチッと外れる瞬間でもあります。自分の思い込みがひっくり返る心地よい驚きを通して、頭の体操や、日常のちょっとした気分転換を楽しんでいただければ嬉しいです。
🖋 作者あとがき
「もしも違う星の生き物が地球に向かっている最中だったら、彼らは私たちのことをどんな風に想像しているだろう?」という、ちょっとした空想からこの物語は生まれました。
車での長旅に飽きた子供が、親に「あとどれくらい?」と聞くのは、地球でも宇宙のどこかでも変わらない普遍的な光景なのかもしれませんね。彼らが地球に降り立った後、果たして「物好きな宇宙人(私たち)」と仲良くなれるのかどうか。そんな続きを想像してみるのも楽しいものです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回もまた、少しだけ見方が変わるような物語でお会いしましょう。