短編小説『ケンタとクラマ先生1 ~僕の正体はデータですか?~』

放課後の理科室。夕焼けがビーカーやフラスコをオレンジ色に染めています。
好奇心旺盛な小学6年生のケンタと、ちょっと変わり者の理科の先生、クラマ先生の会話です。

ケンタ:
「ねえ先生。僕、ちょっと怖いことを聞いちゃったんだけど。」

クラマ先生:(コーヒーを啜りながら)
「おや、テストの点数が悪かった話かな?」

ケンタ:
「違うよ! 人間の体って、数年で細胞がほとんど入れ替わるって聞いたんだ。皮膚も、内臓も、骨だって作り変えられるって。
……だとしたらさ、数年前の『僕』を作っていた部品はもうどこにもないことになる。今の僕は、昔の僕とは『別物』なんじゃないの?」

クラマ先生:
「ふふ、なるほど。古代ギリシャの哲学者みたいなことを言うね。その疑問は正しい。
でもケンタ、『脳の神経細胞』だけは例外なんだ。君がオギャーと生まれた時から、ほとんど入れ替わらずに君と一緒にいるんだよ。」

ケンタ:
「へえ、脳みそは特別なんだ。じゃあ、『僕』は脳みそそのものってこと?」

クラマ先生:
「半分正解で、半分間違いだ。
脳細胞そのものは『ハードウェア』、つまりゲーム機本体だ。でも、ケンタという『意識』は、その中で動いている**『電気信号のパターン』**なんだよ。」

ケンタ:
「パターン……?」

クラマ先生:
「そう。例えば、川にできる**『渦巻き』**を見てごらん。
水はずっと流れ去っていくよね? 一秒前の水と、今の水は違う物質だ。でも、そこにはずっと同じ形の『渦巻き』がある。」

ケンタ:
「あ、なんとなくわかる。水が変わっても、渦巻きの形はずっと残ってる。」

クラマ先生:
「そう。君という存在は、物質(水)ではなく、形(渦巻き)の方なんだ。
昨日の記憶と今日の記憶がつながっているという『情報の流れ』こそが、君の正体なんだよ。」

ケンタ:(目を輝かせて)
「……待って先生。それってすごく重要なことに気づいたかも。」

クラマ先生:
「ほう?」

ケンタ:
「もし『僕の正体』が、肉体じゃなくて『電気信号のパターン(情報)』なんだとしたら……
それって、コンピュータやAIが一番得意なことじゃない?」

クラマ先生:(ニヤリと笑う)
「……お見事。そこに気づいてしまったか。」

ケンタ:
「だってそうでしょ? 情報ならコピーできるし、保存もできる。
もし僕の脳みその電気信号のパターンを、全部そっくりそのままスーパーコンピュータに移したら……そのコンピュータの中に『僕』が生まれるってこと?」

クラマ先生:
「その通り。今の科学者たちは本気でそう考えているんだ。
もしそれができれば、ケンタの体はなくなっても、ケンタの心はデジタル世界で永遠に生き続けられるかもしれない。」

ケンタ:
「うわあ、なんかSF映画みたいだ! 体を捨てて、ゲームにでもなるみたいで面白そう!」

クラマ先生:
「でもね、ケンタ。最後に一つだけ、怖い話をしようか。」

ケンタ:
「え、何?」

クラマ先生:
「スーパーコンピュータは、天気を完璧に計算できるよね。台風の進路も、雨の量も。」

ケンタ:
「うん。天気予報でやってるね。」

クラマ先生:
「じゃあ、コンピュータの中で『豪雨』の計算をしている時、コンピュータの中は水浸しになって濡れているかな?」

ケンタ:
「……ううん、濡れてないよ。ただのデータだもん。」

クラマ先生:
「そうだね。ここが最大の問題だ。
もしコンピュータの中に『ケンタ』を完璧に再現できたとして、そのデータが『痛い!』と計算した時、その子は本当に痛みを感じているのかな?
それとも、『痛い』という文字を出力しているだけの、ただの計算式なのかな?」

ケンタ:
「……あ。
僕が『痛い』って感じるのと、計算上の『痛い』は、違うかもしれないってこと?」

クラマ先生:
「そう。データになった君は、本当に『君』なのか。それとも『君のフリをした誰か』なのか。
……その答えを知っているのは、未来の君たちかもしれないね。」
(つづく)