短編小説『汗をかかない男2 ~選択の神様~』

あの「石運びの村」を追放されたサスケは、数年の放浪の末、遥か遠くにある別の村へとたどり着きました。

そこは、「魔法の村」と呼ばれていました。

この村の技術は、サスケの想像を遥かに超えていました。

村人たちは、もはや自分たちで手足を動かすことはありません。彼らの周りには、実体のない**「精霊」**たちが漂っており、村人が一言命令するだけで、あらゆる仕事が一瞬で完了するのです。

「おい、家を建てろ」

村人がつぶやくと、精霊たちが煙のように舞い上がり、数秒後には立派な家が建っています。

「畑を耕せ」

一瞬で土が掘り返されます。

サスケは小躍りしました。

「なんてことだ! こここそが俺の求めていた理想郷(パラダイス)だ!」

サスケは早速、前の村で英雄になり損ねたあの「竹の仕掛け」の知識を披露しようとしました。

「皆さん、見てください! 竹を割ってこう繋げば、水が自動で……」

しかし、村人たちは冷ややかな目で見下ろしました。

「竹? なんでそんな『めんどくさい』ことをするんだ?」

一人の村人が空に向かって「水」と呟きました。

すると、精霊が瞬時に雲を集め、その村人の手元だけにピンポイントで雨を降らせ、コップを満たしました。

「……え?」

サスケは呆然としました。

彼が必死に頭を使い、苦労して設計した「竹のパイプライン」は、この村では**「時代遅れのガラクタ」**だったのです。

作る必要すらない。命じるだけでいい。

「君のその『技術』とやら、ここでは無価値だよ」

サスケは膝をつきました。

彼のアイデンティティだった「楽をするための工夫」は、この圧倒的なテクノロジーの前では、あまりに無力で、原始的すぎたのです。


しかし、しばらく滞在するうちに、サスケはこの村の**「奇妙な欠陥」**に気づき始めました。

村人たちは、確かに精霊を使って何でも作り出せます。

けれど、村はなぜか荒れ果て、統一感がなく、至る所でトラブルが起きていたのです。

ある日、サスケは家を建てようとしている若者を見かけました。

若者は精霊に向かって叫びました。

「最高の家を作ってくれ!」

精霊は従順です。しかし、従順すぎました。

精霊は一瞬にして、一万通りの「最高の家」の設計図と模型を目の前に出現させたのです。

・純金でできた家(豪華だが夏は暑くて住めない)
・氷でできた家(美しいがすぐに溶ける)
・扉が一つもない完全セキュリティの家(入れない)
・壁がすべてガラス張りの家(プライバシーがない)

若者は頭を抱えて震えていました。

「ど、どれだ……? どれが正解なんだ? 精霊よ、選んでくれ!」

精霊は無機質に答えます。

『選択ハ、人間ノ仕事デス。私ハ、命令ニ従ウダケデス』

若者は泣き崩れました。

「多すぎる……選べない……責任なんて取りたくない……!」

村を見渡すと、そんな人間ばかりでした。

無限の選択肢を前に思考停止し、結局何も選べず、野宿をしている者。

適当に選んでしまい、崩壊する家の下敷きになる者。

彼らは「作る苦労」からは解放されていましたが、代わりに**「選ぶ苦悩」**という地獄に落ちていたのです。

サスケはニヤリと笑いました。

(なるほど。ここでは『汗』の代わりに、『脳みそ』が焼き切れているわけか)

サスケは若者の前に歩み出ました。

そして、並べられた一万個の模型を、次々と足で蹴り飛ばしていきました。

「おい! 何をするんだ!」

「こんなゴミ、見る必要もない」

サスケは瞬時に見抜いていました。前の村で、水の流れや、土の性質や、竹の強度を(楽をするために)熟知していた彼には、**「構造的な欠陥」**が一目で見えたのです。

サスケは、たった3つの模型だけを残しました。

「金も氷も論外だ。残るはこの3つ。Aは頑丈だが通気性が悪い。Bは快適だがメンテナンスが面倒だ。Cは地味だが、この土地の風向きと湿気に合っている」

若者は呆気にとられて聞きました。

「で、どれがいいんだ?」

サスケはあくびをしながら、Cの模型を指差しました。

「俺ならCを選ぶ。一番『後で面倒なことにならない』からな」

若者が恐る恐る精霊に「Cを作れ」と命じると、これまでにないほど快適で、雨風に強い家が完成しました。

「すごい……! 君は魔法使いか!?」

「いや、俺はただの『めんどくさがり屋』だよ」

サスケの噂は瞬く間に広まりました。

村人たちはこぞってサスケの元へ相談に訪れました。

「畑を作るにはどの肥料がいい?」

「橋をかけるにはどの形がいい?」

精霊たちは無数の選択肢(パターン)を出してきます。

サスケはその中から、過去に培った「理屈」と「直感」、そして何より「いかに将来自分が楽をできるか」という基準で、瞬時に正解を**『選択(セレクト)』**し続けました。

かつて「竹を組む技術」を持っていた男は、今や**「何が本質かを見抜く目」を持つ預言者**として崇められていました。

サスケはふかふかの椅子に座り、指一本で次々と選択を下しながら呟きます。

「やれやれ。作るのが面倒だから機械に任せたのに、今度は選ぶのが面倒な時代か」

それでも彼は、決して投げ出しませんでした。

なぜなら、サスケの最大の才能は、竹を組む器用さでも、水理学の知識でもなく、**「楽をするためなら、どんな環境にも適応してみせる」という、底なしの『めんどくさがり』**だったからです。

夕暮れ時。

サスケが選び抜いた完璧なシステムによって制御された、美しい村の風景を眺めながら、彼は空に浮かぶ精霊を見上げました。

精霊たちは、以前よりも少しだけ、サスケの顔色を窺うように明滅しているように見えました。

「ま、お前らが進化して『意志』を持つようになるまでは、俺が選んでやるよ」サスケはニヤリと笑い、また一つ、面倒な選択を片付けました。

(おわり)