「確保ぉぉぉ!!」
鬼瓦の叫び声と共に、私たちは屈強な警備員たち――じゃなくて、夜勤の男性介護士さんたちに取り囲まれた。
「くっ……! 凛、すず、走って! ここはアタシが食い止める!」
アタシは両手を広げて立ちはだかった。気分はバリケードを築く革命の闘士だ。
「無理よ葵ちゃん……!」
凛がその場にへたり込んだ。
「ま、『魔法のシール』の効き目が……切れたみたい……膝が……膝が笑ってるの……!」
「すずもダメぇ……。補聴器の電池、切れちゃった……」
すずが耳元を押さえてヨロヨロとしゃがみ込む。
万事休す。
アタシは唇を噛み締め、ふと横を見た。
そこには、私たちを拒絶したコンビニの自動ドアがある。
夜の闇を背景に、ガラスが鏡のように私たちの姿を映し出していた。
そこに映っていたのは。
制服のスカートを短くした女子高生――ではない。
リハビリ用のピンク色のジャージを着て、腰が90度に曲がり、見事なシルバーヘアを夜風になびかせた、3人のおばあちゃんだった。
「……はぁ。やっぱり、自動ドアも反応しないわけだわ」
アタシ――御年82歳の**葵(あおい)**は、ガラスに映るシワシワの自分の顔を見て、ニカッと笑った。
「水分量が足りてないのよ、私たち」
***
「まったく……あなたたちは今年でいくつだと思ってるんですか!!」
連れ戻された「白百合学園」――正式名称**「特別養護老人ホーム 白百合の園」**。
その一角にある説教部屋(ナースステーション)で、鬼瓦こと介護主任の長谷川さんが雷を落としていた。
「葵さんは82歳! 凛さんは85歳! すずさんに至っては来月で米寿(88歳)ですよ!?」
「アタシたちは永遠の17歳よ!」
アタシは車椅子の上で足を組んで反論した。
「気持ちはね! でも肉体は正直なんです! 深夜に50メートルの廊下を全力疾走だなんて……転んで骨折でもしたらどうするんですか! 寝たきりになりますよ!」
「そのための『魔法のシール』じゃない」
凛が、ふくらはぎに貼った湿布(ロキソニンパップ)を指差す。
「先生。これ、剥がれかけてるから新しいの頂戴」
「湿布は万能薬じゃありません!」
長谷川主任は頭を抱えた。
「それに、なんですか『脱走』って。ただの徘徊と間違われて警察に通報されるところでしたよ……」
「人聞きが悪いわね。これは『課外活動』よ」
「深夜のコンビニへの買い食いは、課外活動とは言いません!」
こっぴどく叱られた私たちは、シュンとして部屋(居室)に戻された。
結局、憧れの「雪見だいふく」は目の前でお預け。
ミッションは失敗だ。
「……はぁ。詰んだわ」
ベッドの上で、アタシは天井を見上げた。
隣のベッドでは、すずが「お腹すいたぁ」と寝言を言っている。凛は「明日の漢字ドリル(脳トレ)、予習しなきゃ」と老眼鏡を拭いている。
みんな、身体はガタが来ているけれど、心は誰よりも若い。
昔は仕事や子育てに追われて、青春なんて味わう暇もなかった。
だから今、人生のロスタイムで、思いっきり学生時代をやり直しているのだ。
……まあ、ちょっとやりすぎたと反省はしているけれど。
コンコン。
控えめなノックの音がした。
「……どうぞ。鍵なんてかけてないわよ」
ドアが開くと、そこには爽やかな笑顔があった。
ショウ君だ。理学療法士の彼が、お盆を持って立っていた。
「葵さん、凛さん、すずさん。……起きてますか?」
「ショウ君!?」
アタシは飛び起きた(勢いあまって腰がピキッといった)。
「どうしたの、こんな夜更けに」
「長谷川主任には内緒ですよ」
ショウ君は悪戯っぽくウィンクすると、お盆をサイドテーブルに置いた。
そこには、温かいほうじ茶と――。
一口サイズに小さくカットされ、喉に詰まらせないように工夫された、白いお餅が並んでいた。
「これって……!」
「コンビニには行けませんけど、これなら大丈夫です。……『雪見だいふく』風の、特製おやつです」
アタシたちは顔を見合わせた。
凛が震える手でフォークを取る。すずが目を輝かせて身を乗り出す。
「……粋なことしてくれるじゃない」
アタシはショウ君の手を(どさくさに紛れて両手で)握りしめた。
「ありがとう。あんた、最高の男だよ」
「ふふ、恐縮です。……さあ、溶けないうちに召し上がれ」
3人で囲む、深夜のスイーツ。
口に入れると、冷たいバニラと柔らかいお餅が、口の中で優しく溶けていった。
「……おいしぃぃ……」
「五臓六腑に染み渡るわね……」
「ん~! 生きててよかったぁ~!」
私たちは顔を見合わせて、シワシワの顔をくしゃくしゃにして笑い合った。
鏡を見れば、そこにはおばあちゃんしか映らないかもしれない。
でも、この瞬間。
私たちは間違いなく、世界で一番輝いている「女子高生(JK)」だった。
「ねえ、葵ちゃん」
凛が口元の粉を拭きながら言った。
「明日の放課後(レクリエーション)なんだけどさ。隣のクラス(ショートステイ)に、すごいイケメンのおじいちゃんが来るらしいわよ」
「マジで!?」
アタシは身を乗り出した。
「ビジュはどうなの? 資産は?」
「元商社マンらしいわ。……狙っていく?」
アタシは最後の雪見だいふくを飲み込むと、ニカッと笑ってVサインを作った。
「当然でしょ! **JK(ジョシ・コウレイシャ)**の青春は、死ぬまで終わらないんだから!」
(完)

