じりじりと肌を焼くような夏の昼下がり。活気あふれる都の大通りに、ひときわ通る声が響いていた。
「さあさあ、お立ち会い! 目を凝らして見ておくれ! 楚の国より届いたるは、天下無双の武具でございます!」
汗を拭いながら声を張り上げる商人の前には、物珍しさから黒山の人だかりができている。商人は、太陽の光を反射してギラリと輝く、鋭い矛(ほこ)を高々と掲げた。
「まずはこの矛! こいつはただの鉄塊じゃあない。名のある刀匠が魂を削って鍛え上げた業物(ワザモノ)だ。鉄だろうが岩だろうが、まるで豆腐のようにスパスパと切り裂く。この世に貫けぬものなど、何一つございません!」
観衆から「ほう!」と感嘆の声が漏れる。商人はその反応に気を良くし、間髪入れずに足元の巨大な盾を持ち上げた。
「そして、こちらの盾! これもまた国宝級の逸品。何重にも鍛えられた鋼(はがね)は、いかなる衝撃も弾き返す。矢の雨だろうが、大砲の弾だろうが傷一つつきはしない。この世に突き通せるものなど、何一つございません!」
商人は胸を張り、自信満々に言い放った。
「すなわち! 『どんなものでも突き通す最強の矛』と、『どんなものでも防ぐ最強の盾』! 今ならセットでお安くしておきますよ!」
その時だった。人混みをかき分けて、一人の浪人が前に進み出た。腰に差した刀に手を置き、冷ややかな視線を商人に送る。
「おい、商人。随分と景気のいい話だが、お前の言っていることはおかしいぞ」
「……へえ、何がおかしいので?」
「簡単な理屈だ」
浪人はニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、誰もが心に抱いた疑問を口にした。
「そこまで言うのなら、その『最強の矛』で、その『最強の盾』を突いたらどうなるのだ?」
市場が一瞬にして静まり返った。
矛が盾を突き通せば、盾は「最強」ではない。
矛が防がれれば、矛は「最強」ではない。
どちらに転んでも商人の嘘がバレる。逃げ場のない論理の檻。矛盾(パラドックス)である。
観衆は固唾をのんで商人の顔を見つめた。言葉に詰まって赤面するか、それとも店を畳んで逃げ出すか。
しかし――商人は、待っていましたとばかりに目を細め、静かに笑った。
「おやおや、お客さん」
商人は困るどころか、まるで幼子に言い聞かせるように優しく語りかけた。
「鋭いご質問だ。確かに、言葉の上ではつじつまが合いませんな。
ですが、武具というものは言葉で戦うものではございません。実際にぶつかり合ってこそ、真価が分かるというもの」
「だから、その結果を聞いているのだ」
「いえいえ、結果を『聞く』のではいけません。結果とは『見る』ものです」
商人は身を乗り出し、浪人の目をのぞき込んだ。
「それを試すには……まず、この矛と盾の両方を、定価でお買い上げいただかねばなりません」
「はあ? 金を払えだと?」
浪人が眉を吊り上げるが、商人は畳み掛けるように続けた。
「商売ですからな。ですが、ご安心を。これは言わば『最強決定戦』への参加料です。
家に帰って、存分に突いてみなされ。
そして、もしも矛が盾を突き通したならば……それは矛が本物で、盾が偽物だったということ。壊れた盾は、私が定価で買い取りましょう」
「……ふむ」
「その逆もしかり。もしも矛が折れたならば、盾こそが最強だったということ。役立たずの矛は、これまた私が定価で買い取ります」
商人はポンと手を打ち、ニカっと歯を見せて笑った。
「そうすれば、お客さんの手元には、厳しい戦いを勝ち抜いた**『正真正銘・本物の最強の武器』だけが残る**。
負けた方の代金は戻ってくるのだから、お客さんに損は一切ございません。
……さあさあ、口先だけの理屈をこねるより、両方買って『真実』をその目で確かめるのが、一番の近道だとは思いませんか?」
浪人はしばらく呆気にとられていたが、やがて大きく唸った。
「……なるほど。どちらが勝とうが俺の懐は痛まないし、最強の武具は手に入る、というわけか」
「その通りでございます!」
「面白い! その勝負、買った!」
こうして商人は、矛盾という窮地を逆手に取り、まんまと矛と盾の両方を売りさばいてしまった。
どちらかが壊れて返品されるかもしれない。だが、「少なくとも一つは確実に売れた」ことになる。
論理の矛盾を、商いの才覚ですり替えた商人の顔は、夏の太陽よりも晴れやかであった。
(終)
