短編小説『名探偵・雉岡玲奈の事件簿』 ~恋するルンバと消えた限定プリン~

1.事件発生! 消えた『極上和三盆プリン』

「ねえ、聞いてる? これはただの事件じゃないの。私の尊厳に関わる問題なのよ」

金曜日の夜。赤提灯が揺れる焼き鳥屋『吉備』のいつものテーブル席で、雉岡玲奈(きじおか れいな)は高らかに宣言した。

今日の彼女は、流行りのパステルグリーンのスーツに身を包み、手には最新モデルのスマートフォン、そして目の前には空になったビールのジョッキが置かれている。

「……あのな、玲奈」

対面に座る猿渡剛(さわたり つよし)が、呆れ顔で焼き鳥の串(ぼんじり)を置いた。

「俺は警視庁捜査一課の刑事だ。お前は大手新聞社の記者。そしてこいつは……」

「国を支える基幹システムの管理者ですけど、今はただの疲れたサラリーマンです」

隣で死んだ魚のような目をしている犬飼健太(いぬかい けんた)が、力なく手を挙げる。

剛はため息交じりに言った。

「そう、俺たちは忙しいんだ。お前の『オフィスからおやつが消えた』なんていう下らない相談に乗ってる暇はない」

「下らないですって!?」

玲奈がテーブルをバンと叩く。

「あれはただのおやつじゃないわ。駅前の行列店『オニ・スイーツ』の、一日限定十個の『極上和三盆プリン』よ! 取材の合間に並んでやっと手に入れたのに、オフィスの共有冷蔵庫から忽然と消えたの。これは立派な窃盗罪よ、剛くん!」

「はいはい、窃盗ね。被害届出すか? 犯人が見つかっても『食べちゃった、テヘ』で終わるぞ」

「だから私が解決するのよ! 『社会部の空飛ぶ探偵』こと、この雉岡玲奈がね!」

玲奈はバサリと髪をかき上げ、二人を指差した。

「剛くん、あなたは現場の鑑識と張り込み担当。健太くんはオフィスのログ解析担当。今から行くわよ、私のオフィスへ!」

「「……はあ?」」

剛と健太の声が重なった。

2.鉄壁のセキュリティvs食いしん坊

新聞社のオフィスは、深夜だというのに静かな熱気を帯びていた。

最新鋭のセキュリティゲートを、健太がしぶしぶ自身の管理者権限(プライベート利用は厳禁だが、玲奈に脅された)で通過させる。

「ここが現場の給湯室よ」

玲奈が指差したのは、清潔感あふれる休憩スペースだ。

壁には巨大な冷蔵庫。その扉には『個人のものには名前を書きましょう』というテプラが貼られている。

「私がプリンを入れたのは15時。取材に出て戻ってきたのが18時。その間にプリンは消えていた。ちなみに、この冷蔵庫を開けるには社員証が必要よ」

玲奈が得意げに状況を説明する。

剛は面倒くさそうに冷蔵庫の取っ手をハンカチ越しに触った。

「どうせ、腹を空かせた夜勤のデスクが食ったんだろ。指紋なんか取らないぞ」

「甘いわね、剛くん。うちの部署の人間はみんな、私の『食べ物の恨み』がどれほど恐ろしいか知っているわ。誰も手を出したりしない」

「(……確かに、こいつを怒らせると記事に何を書かれるかわからんからな)」

剛と健太は無言で目配せし、納得した。

「健太くん、冷蔵庫の開閉ログと、廊下の監視カメラの映像を照合して」

「へいへい……」

健太は持参したタブレットを操作し、ビルの管理システム『MOMO』の末端にアクセスする。

「えーと……15時から18時の間、冷蔵庫を開けたのは計5人。玲奈、お前の後輩の田中、部長の鬼塚さん……」

「鬼塚部長?」剛が反応する。「あの人は甘党か?」

「いえ、部長は『角(ツノ)』の手入れに余念がないから、糖質制限中よ。それに彼は鬼族の末裔だから、嘘をつくと顔が赤くなるの。さっき聞いたら青い顔で首を振ってたわ」

玲奈は即座に否定する。

「……ん? 待てよ」

健太が眉をひそめた。

「ログがおかしい。17時30分に『解錠』の信号が出てるけど、監視カメラには誰も映ってない」

「誰も映ってない?」

剛が身を乗り出す。「幽霊か? それとも透明人間か?」

「馬鹿ね、剛くん。今の時代、光学迷彩スーツを着た産業スパイがプリンを狙うわけないでしょ」

玲奈はそう言いながらも、鋭い視線を廊下に走らせた。

「……健太くん、その時間帯、このフロアで動いていた『電子機器』を洗い出して」

「電子機器? ……ああ、これか。一台あるな」

健太が指差したモニターには、フロアを徘徊する丸い影が映っていた。

最新AI搭載の自律走行型掃除ロボットだ。

3.容疑者は「恋する掃除機」

「犯人は、お前だ!」

玲奈がビシッと指差したのは、給湯室の隅で充電中の掃除ロボット『クリーン・キーパー3号』だった。

「おいおい玲奈、ロボットがプリンを食うわけないだろ」

剛が呆れてバナナ味のプロテインバーをかじった。

「食うわけじゃないわ。……見てなさい」

玲奈は給湯室の床を指差した。

「健太くん、このロボットの『集塵ボックス』を開けてみて」

健太が手際よくロボットの背面パネルを開ける。すると――。

中から出てきたのは、空っぽになった『極上和三盆プリン』のカップと、プラスチックのスプーンだった。

「なっ!?」剛が目を剥く。「こいつ、まさか味覚が……!?」

「違うわよ、筋肉脳。よく見なさい」

玲奈はカップの底に残っていた小さなメモ用紙をピンセットでつまみ上げた。

そこには、震えるような文字でこう書かれていた。

『いつもお仕事お疲れ様です。これ、よかったら食べてください……あ、名前書くの忘れた。恥ずかしいからやっぱ捨てよう』

沈黙が流れた。

「……つまり、こういうことか」

健太が推測を述べる。

「誰かが、意中の相手のためにプリンを冷蔵庫に入れようとした。でも名前を書き忘れた上に、恥ずかしくてパニックになり、結局『やっぱやめた』とゴミ箱に捨てようとしたが……手元が狂って床に落とした」

「そして、健気な『クリーン・キーパー3号』くんは、床に落ちたそれを『ゴミ』として認識し、綺麗に回収して片付けてくれたってわけ」

玲奈は勝ち誇ったように腕を組んだ。

「私が買ってきたプリンは、実は冷蔵庫の奥の方に転がってたのよ。さっき自分で見つけたわ」

「……は?」

剛と健太が同時に声を上げた。

「お前、自分のプリン見つかったのかよ!?」

「ええ。でも、ゴミ箱から別のプリンの容器が見つかったから、『これは事件の匂いがする!』と思って二人を呼んだの」

「解散!!」

剛が叫んで背を向けた。「俺は帰る! 明日も早いんだ!」

「まあ待ちたまえ、剛くん」

玲奈はニヤリと笑い、拾い上げたメモ用紙をヒラヒラさせた。

「このメモの筆跡、誰かに似てると思わない?」

剛がピタリと止まる。

「……ん?」

彼はメモを覗き込み、そして顔をしかめた。

「これ……うちの課の新人、犬山じゃないか?」

「正解。そして、このメモが発見された給湯室は、社会部と捜査一課の合同連絡通路のそば」

玲奈は剛の胸を指先でツンと突いた。

「剛くん、あなたの部下の犬山くん、最近うちの後輩の『鹿野(しかの)』ちゃんのこと、よく見てるわよね?」

「……あいつ、仕事中に何やってんだ」

「ふふっ。不器用なワンちゃんが、恋をしてドジを踏んだってわけ。可愛いじゃない」

玲奈は満足げにメモを剛のポケットにねじ込んだ。

「上司として、相談に乗ってあげたら? 『アタックするなら、プリンよりバナナの方がエネルギーになるぞ』とか言って」

「……余計なお世話だ」

剛はぶっきらぼうに言ったが、その表情は少しだけニヤけていた。

「まあ、あいつも真面目すぎるからな。少しは息抜きが必要か」

「一件落着ね!」

玲奈はパンと手を叩いた。

「さあ、謎も解けたし、この『見つかったプリン』を三人で分けましょう! スプーン持ってくるわね!」

「結局食うのかよ!」

「俺のデータ分析の労力、プリン三分の一か……」

エピローグ

夜明け前のオフィス街。

三人はコンビニで買ったコーヒーを片手に歩いていた。

「平和だなあ」

健太があくび混じりに呟く。

「世界を救うような大事件もいいけど、俺はこういう、プリン一つで騒げるくらいの平和が好きだよ」

「まったくだ」

剛が首を回して骨を鳴らす。

「だが玲奈、次からは昼間にやれ。俺たちの睡眠時間を削るな」

「あら、ごめんなさい。でも私、夜の方が『目』が利くのよ」

玲奈は悪びれもせず、ビルの谷間から覗く朝日を見上げた。

「それに、三人が揃わないと調子が出ないじゃない? 私たちはほら、なんとなく『いいバランス』なんだから」

「……まあ、否定はしないがな」

「腐れ縁ってやつですね」

剛と健太は顔を見合わせ、苦笑いした。

空には、今日も変わらない日常の太陽が昇ってくる。

かつての伝説など知らなくても、彼らは確かに、この街の小さな平和と笑顔を守っていた。

「あ、剛くん! 今日のランチ、あそこの新しいパスタ屋に行かない? 奢ってあげるから!」

「……お前、また俺を荷物持ちに使う気だろ」

「バレた?」

三人の笑い声が、朝の風に溶けていった。

(- 愛しみの桃太郎 スピンオフNo.001 – 完)