短編小説『汗をかかない男』

むかしむかし、ある深い山奥に、「石運びの村」がありました。

この村には、山のふもとにある川から、急な崖の上にある村の広場まで、毎日重たい「水瓶」を運ぶという掟がありました。村人たちは朝から晩まで、汗水を垂らし、肩の皮をむきながら、ヒイヒイと水を運び上げます。それが生きるためであり、村長への忠誠の証だったのです。

この村に、対照的な二人の男がいました。

一人は**「ゴン太」**。

彼は誰よりも真面目でした。人一倍大きな水瓶を背負い、一日に十往復もします。足はマメだらけ、肩は血がにじんでいますが、彼は笑顔でした。

「村長! 今日もたくさん苦労しました! この痛みこそが仕事です!」

村長はゴン太を抱きしめて褒め称えます。

「うむ、ゴン太こそ村の宝だ。その汗の量こそが、評価に値する!」

もう一人は**「サスケ」**。

彼は、村一番の「めんどくさがり屋」でした。

サスケは水瓶を運ぶのが死ぬほど嫌いでした。重いし、疲れるし、何より毎日同じことの繰り返しがつまらない。

だからサスケは、一日一回しか水を運びません。残りの時間は、薮の中で竹を切ったり、木の皮を編んだりして、何やらゴソゴソと遊んでいるのです。

村長はサスケを叱り飛ばしました。

「おいサスケ! ゴン太を見ろ。あんなに汗をかいて働いているのに、お前はなんだ。そんなガラクタを作って遊んでばかりで、怠け者め!」

サスケはあくびを噛み殺して言います。

「へえ。だって村長、水運ぶのダルいじゃないですか。僕は楽がしたいんですよ」

村人たちはサスケを指差して嘲笑いました。「あいつはダメな奴だ」「苦労を知らない半人前だ」と。

ある年の夏、かつてない日照りが村を襲いました。

川の水位が下がり、水汲み場はさらに遠くなりました。村人たちは次々と倒れ、あの頑丈なゴン太でさえ、疲労骨折で動けなくなってしまいました。

村に水が届かなくなり、畑は枯れ、人々は渇きに苦しみました。

「もうおしまいだ……」

村長が絶望して空を仰いだ、その時です。

『ゴトン……チョロチョロチョロ……』

聞き慣れない音が響きました。

見ると、サスケが数ヶ月かけて薮の中で繋ぎ合わせていた「割った竹」の列が、遥か彼方の水源から村の広場まで、一本の長い線となって繋がっていたのです。

サスケが寝転がりながら、手元の紐(レバー)をくいっと引くと、竹の筒の中を水が滑り落ちてきました。

重力だけを利用し、一滴の汗もかかず、大量の水が広場の桶に満たされていきます。

「……できた」

サスケは言いました。

「これで二度と、あの坂を登らなくていい。これからは寝てても水が飲めますよ」

村は救われました。

ゴン太が一日かかって運んだ量の水が、わずか数分で、しかも自動的に運ばれてくるのです。村人たちは歓喜し、水を貪り飲みました。

しかし、その夜のことです。

村長たちの会議が開かれました。議題はサスケの処遇についてです。

当然、英雄として表彰されるはずでした。

けれど、村長の顔は渋いものでした。

「……あの竹の仕掛けは、確かに便利だ。しかし、どうも気に食わん」

村長は言いました。

「サスケは汗をかいていない。苦しそうな顔もしていない。ただ紐を引いただけだ。あんな楽をして成果を得るなど、教育上よくないのではないか?」

「そうですとも!」

役員の一人が同調しました。

「それに、あんな仕掛けがあったら、ゴン太のこれまでの『苦労』が無駄だったことになってしまう! 汗水垂らして働くことの尊さが失われてしまいます!」

翌朝。

サスケは村から追放されました。

罪状は**「神聖なる労働への冒涜」と「怠惰の流布」**。

「お前のような、楽をすることしか考えていない人間は、この村にはふさわしくない」

サスケは「やれやれ、最後まで面倒な村だ」と肩をすくめ、竹の仕掛け(システム)だけを村に残して、ふらりと去っていきました。

それから、数年後――。

村は、かつてないほど疲弊していました。

サスケが残した竹の仕掛けは、最初のうちは順調に動いていました。しかし、嵐で竹が割れたり、節に泥が詰まったりして、次第に水が流れなくなっていったのです。

村にはもう、その仕掛けを直せる人間はいませんでした。

あの複雑な竹の角度調整や、継ぎ目の構造(ロジック)を理解していたのは、作者であるサスケだけだったからです。

村長は、真面目なゴン太に言いました。

「ゴン太、お前がなんとかしろ。お前は一番の働き者だろう」

ゴン太は必死に頑張りました。

しかし、彼は「運ぶこと」のプロであって、「仕組みを作ること」に関しては素人でした。

ゴン太は、動かなくなった竹の筒を毎日ピカピカに磨き上げ、竹に向かって大声で気合を入れ、拝みました。

「動けー! 俺の努力に応えてくれー!」

けれど、竹筒は精神論では動きません。

結局、仕掛けは完全に壊れ、ただのゴミとなりました。

村人たちは、以前よりも老いた体で、再び重い水瓶を背負い、坂道を登り始めました。

誰もが、心のどこかで「あの竹の仕掛けがあれば……」と思っていましたが、口に出すことは許されません。

村長は、汗だくで倒れそうになっているゴン太を見て、満足そうに頷きました。

「見ろ、あの美しい汗を。あれこそが、我々の誇りなのだ」

村はゆっくりと、しかし確実に、滅びに向かって歩み続けました。

(おわり)