短編小説『黒いノートの真実』

※ 本作は、既存フィクションの表現や構造を題材にしたパロディ的要素を含む個人創作です。特定の作品や原作の内容とは直接の関係はありません。

高校の校庭に、一冊の黒いノートが落ちてきた。

退屈な授業、退屈な教師、退屈な日々。

そんな世界に飽き飽きしていた俺は、吸い寄せられるようにそのノートを拾い上げた。

表紙には、不気味なフォントで英語が書かれている。

『S… N…』

かすれていてよく読めないが、ただならぬオーラを感じる。

「……人間よ。それを拾ったな」

背後から、地の底を這うような低い声が聞こえた。

振り返ると、そこには黒いローブを身にまとい、骨を思わせる顔つきの“何か”が、宙に浮かんでいた。

「うわああああっ!?」

「騒ぐな。俺は死神だ」

死神はニタリと笑い、俺の顔を覗き込んだ。

「そのノートは、人間界に落とした俺の所有物だ。だが、拾ったお前にはそれを使う権利がある」

「死神……! ということは、これは名前を書かれた人間が死ぬノートか?」

俺の問いに、死神は肯定も否定もせず、ただ喉の奥でクツクツと不気味に笑った。

「フフフ……。どう使うかは持ち主の自由だ。だが、そのノートを使いこなすには『ある能力』が必要だろう?」

死神は巨大な手を俺の目の前にかざした。

「俺と取引をしろ。お前の『残りの寿命の半分』を差し出せば、顔を見るだけでその人間の『名前』と、頭の上に『数値』が見える力を授けてやろう」

寿命の半分。

あまりに大きな代償だ。だが、俺はこの腐った世界を変える力が欲しかった。

「いいだろう……。その取引、乗った!」

俺が叫ぶと同時に、激痛が両目を襲った。

視界が赤く染まり、やがて世界が一変する。

通りを歩く人々の顔の上に、鮮明な文字と数字が浮かび上がっていたのだ。

『山田 太郎 345』

『鈴木 花子 1202』

見えた。名前と、謎の数字。

あれが寿命か、それとも罪の重さか。

俺は人混みの中に、一際大きな数字を浮かべている若い女を見つけた。

『相沢 ミナミ 5,200,000』

桁違いだ。

帽子を目深に被り、マスクをしているが、ただならぬオーラがある。あんな数字を持つ人間、生かしておいていいはずがない。あるいは、もうすぐ死ぬ運命なのかもしれない。

俺は震える手で黒いノートを開き、ボールペンを握りしめた。

彼女の名前、『相沢 ミナミ』をノートに書き殴る。

「……これで、終わりだ」

俺は息を呑んで彼女を見守った。

心臓麻痺か、事故か。彼女の運命はどうなる?

すると、女は突然足を止め、俺の方へと歩み寄ってきた。

苦しむ様子はない。むしろ、瞳をキラキラと輝かせている。

彼女はおもむろに俺の手からノートとペンを取り上げると、サラサラと何かを書き始めた。

「はい、どうぞ! 応援してくれてありがとう!」

女はニッコリと微笑み、足早に去っていった。

呆気にとられる俺の手元には、黒いノートが残された。

俺が書いた名前の横に、流麗な筆記体でこう書かれていた。

『To お兄さん 相沢ミナミ ♡』

「…………は?」

俺は状況が飲み込めず、呆然と立ち尽くした。

これは……サイン?

有名なアイドルの、サインじゃないか。

俺は背後に浮いている死神を振り返り、涙目で絶叫した。

「おい! ふざけるな! どういうことだ! 俺はこいつを殺そうとしたんだぞ!」

死神は不思議そうに首をかしげ、指をさして言った。

「殺す? 何を言っている。それは名前を書くと、相手が条件反射的にサインをしてしまう『サインノート』だ」

「はあああ!? じゃあ、あの頭の上の数字は!?」

「現在のSNSの総フォロワー数だ。多いやつほどレアなサインだぞ」

俺はその場に膝から崩れ落ちた。

寿命の半分。俺の大切な人生の半分が、たかがアイドルのサインをもらう為に消えたのか?

「ふざけるな……! お前、なんてことをしてくれたんだ! 寿命を返せ!」

俺が食ってかかると、死神は冷ややかな目で見下ろし、鼻を鳴らした。

「喚くな。貴様にはフォロワー数が見える力を与えた。等価交換だ」

「だから、なんでそんなことをさせるんだよ!」

死神は表情一つ変えず、至極当然の事実として言い放った。

「俺は人間に姿が見えない。自分ではサインを頼めんからな」

(終)