すっかり日が暮れて、理科室は少し薄暗くなってきました。
クラマ先生は実験用のアームロボットを撫でながら、ニヤリと笑いました。
クラマ先生:
「さて、ケンタ。想像してみてくれ。
今ここで、私が最新のマシンを使って、君の脳みそのデータを100%完璧にスキャンしたとする。」
ケンタ:
「うん。痛くないならいいけど。」
クラマ先生:
「そして、そのデータをこの『ロボット』に書き込む。
すると、君の記憶も、性格も、今日の朝ごはんの味も全部覚えている**『デジタル・ケンタ』**の完成だ。
見た目も君と瓜二つだとしよう。」
ケンタ:
「うわあ、ドッペルゲンガーだ。気持ち悪いけど、ちょっと話してみたいな。」
クラマ先生:
「ここで実験だ。
『本物のケンタ』と『デジタル・ケンタ』。
二人に向かい合ってもらって、同時に**『ジャンケンポン!』**としてもらう。
……さて、勝つのはどっちだと思う?」
ケンタ:
「えーっと……。僕、ジャンケン弱いからなぁ。
デジタルな分、あっちが計算早くて勝つんじゃない?」
クラマ先生:
「ブブーッ。不正解。
論理的に考えれば、**『永遠にあいこ』**が続くはずなんだ。」
ケンタ:
「えっ、なんで?」
クラマ先生:
「だって、『思考パターン』が全く同じなんだから。
『次はグーを出そうかな』と君が思った瞬間、コピーである彼も全く同じ脳の回路を使って『次はグーを出そうかな』と思っているはずだ。
彼らは君の過去も、クセも、今の気分も全部共有しているんだからね。」
ケンタ:
「そっか! 僕が僕と戦ってるんだもんね。決着がつかないのか。」
クラマ先生:
「……ところがだ。ここからが怖い話だよ。
ジャンケンを10回、20回と続けていくうちに、ある瞬間からズレが生じると言われている。」
ケンタ:
「ズレ?」
クラマ先生:
「例えば、ジャンケンの最中に、窓の外でカラスが『カァー』と鳴いたとする。」
ケンタ:
「うん。」
クラマ先生:
「本物のケンタは窓を背にしているから、カラスは見えない。
でも、向かい合っている『デジタル・ケンタ』からは、カラスが飛ぶのが見えた。
……ほら、もう条件が変わってしまった。」
ケンタ:
「あ……。」
クラマ先生:
「『カラスが見えた自分』と、『見えなかった自分』。
受け取った情報(入力)が違えば、その後の計算結果(出力)も変わってくる。
デジタル・ケンタは『カラスだ』と考えて集中力が切れて、チョキを出すかもしれない。」
ケンタ:
「そしたら、僕がグーで勝っちゃうかも。」
クラマ先生:
「そう。その瞬間、君たちはもう『同一人物』ではなくなる。
元は同じデータだったのに、別々の人生を歩む『赤の他人』に枝分かれしていくんだ。」
ケンタ:(ごくりと唾を飲み込む)
「……なんか、急に怖くなってきた。
最初はコピーだったのに、どんどん違うやつになっていくってことだよね。」
クラマ先生:
「そう。そこで最後の質問だ。
もしジャンケンの後、私が間違って**『本物のケンタ』の方を消去**しちゃったとする。」
ケンタ:
「えっ! ちょ、やめてよ!」
クラマ先生:
「でも安心してくれ。目の前には『デジタル・ケンタ』が残っている。
彼は君と全く同じ記憶を持ち、君の家を知っていて、君のお母さんを『ママ』と呼ぶ。
彼が君の家に帰って、宿題をして、明日学校に来る。
……さて、ケンタという人間は『死んだ』ことになるのかな? それとも『生きている』のかな?」
ケンタ:
「それは……僕の体は消えちゃったんだから、死んでるよ!
残ってるそいつは、僕に似てるだけのニセモノだよ!」
クラマ先生:
「でも、ニセモノの彼はこう言うはずだよ。
**『先生ひどいよ! さっき間違って消そうとしたでしょ? でも僕、ちゃんとここに生きてるよ!』**ってね。
彼自身は、自分が本物だと100%信じ込んでいるんだ。」
ケンタ:
「うわあああ! もうやめてよ先生!
情報とかデータとかどうでもいいから、僕は僕だーー!!」
クラマ先生:
「ははは! まあ、今の科学じゃまだ無理だから安心しなさい。
……さ、暗くなる前に帰りなさい。お母さん(オリジナル)が心配するぞ。」
(つづく)

