短編小説『ケンタとクラマ先生3 ~この世界はゲームですか?~』

窓の外はもう真っ暗です。
ケンタはランドセルを背負い、理科室の出口へ向かいましたが、ドアノブに手をかけたまま立ち止まりました。

ケンタ:
「……先生。」

クラマ先生:(実験道具を片付けながら)
「ん? どうした。忘れ物か?」

ケンタ:
「さっき先生、言ったよね。
『デジタルのケンタ』は、自分がニセモノだと気づかずに、自分こそが本物だと信じ込んでいるって。」

クラマ先生:
「ああ、言ったね。」

ケンタ:
「だったらさ……。
今ここにいる『僕』が、実は誰かに作られた『ゲームの中のキャラクター』じゃないって、どうやって証明すればいいの?」

クラマ先生の手がピタリと止まりました。
理科室の空気が、急に静まり返ったように感じられます。

クラマ先生:
「……ケンタ。君は時々、大人よりも鋭い質問をするね。」

ケンタ:
「だって、そう思わない?
最近のゲームってすごくリアルじゃん。
もし、未来のすごいゲーム機なら、風の匂いとか、お腹がすく感じまで、全部データで作れるかもしれない。」

クラマ先生:
「うん、その可能性はあるね。」

ケンタ:
「もしそうなら、この理科室も、先生も、僕の記憶も、全部誰かが作ったプログラムかもしれない。
……ねえ先生、僕が『ゲームのキャラ』じゃないって証拠、何かある?」

クラマ先生:
「ふむ……。
昔の偉い人がね、君と全く同じことで悩んだんだよ。
『この世界が全部夢だったらどうしよう』とか『悪い魔法使いに見させられている幻だったらどうしよう』ってね。」

ケンタ:
「へえ、昔の人も悩んでたんだ。」

クラマ先生:
「そこで、その人はこう考えた。
『もし世界が全部ニセモノだとしても、今こうして疑って、怖がって、悩んでいる【僕の心】だけは、間違いなくここにある』って。」

ケンタ:
「悩んでいる心だけは、ある……?」

クラマ先生:
「そう。もし君がただのプログラムなら、『自分がニセモノかも?』なんて悩んだりしないかもしれない。
君が今感じている『不安』や『ドキドキ』。それこそが、君がここに存在している何よりの証拠なんじゃないかな。」

ケンタ:
「うーん……。
世界がニセモノでも、僕の気持ちは本物ってこと?」

クラマ先生:
「そういうこと。
それにね、ケンタ。もし仮に、ここがゲームの世界だったとして、何か困ることはあるかい?」

ケンタ:
「えっ? そりゃあ困るよ!
だって、全部作り物なんでしょ?」

クラマ先生:
「でも、君が転んで膝をすりむけば『痛い』と感じる。
お母さんの作ったカレーを食べれば『美味しい』と感じるし、友達と遊べば『楽しい』。」

ケンタ:
「うん。」

クラマ先生:
「たとえこの世界がデータで作られていたとしても、君が感じた『痛い』や『美味しい』という感動まで、嘘になるわけじゃない。
君がそれを本物だと感じているなら、それは君にとっての『揺るぎない現実』なんだよ。」

ケンタ:(自分の手のひらをじっと見つめる)
「……そっか。
ゲームだろうが何だろうが、僕はお腹がすくし、今日の晩ごはんは楽しみだもんね。」

クラマ先生:
「その通り。
正解がないことを考えるのも楽しいけど、考えすぎて晩ごはんに遅れたら、お母さんに怒られるぞ?
それこそが『現実』の恐ろしさだ。」

ケンタ:
「うわっ、そうだった!
じゃあ先生、さようなら! 明日もまた来るね!」

ケンタは迷いが晴れたように笑うと、元気よくドアを開けて廊下へ駆け出していきました。

バタン、と扉が閉まり、理科室に静寂が戻ります。

クラマ先生は一人、窓の外に広がる星空を見上げました。

そこには、作り物か本物か誰にも見分けがつかない、美しい満月が浮かんでいました。

クラマ先生:
「……世界がどうあれ、君がどう生きるか。
結局、大事なのはそこだけなんだよな。」

先生はコーヒーを一口啜ると、満足そうに微笑んで電気を消しました。
(おわり)