短編小説(続編):『愛しみの桃太郎3 ~ツノなき王と作られた兵器~』

第一章 優しき王の誕生

桃太郎が「鬼の子」として、本来の故郷である鬼ヶ島に帰還してから、早三年が経ちました。

かつて人間界で培った知恵と、鬼として受け継いだ強靭な肉体を持つ桃太郎は、島の復興に大きく貢献しました。荒れた畑を耕し、壊れた家を直し、何よりもその誠実な人柄で、若い鬼から年寄り鬼まで、皆の信頼を勝ち取っていきました。

ある晩、年老いた両親が桃太郎を呼び出しました。

「息子よ。私たちはもう長くはない。そろそろお前に、この島の『頭(かしら)』を継いでほしいのだ」

桃太郎は驚き、強く首を横に振りました。

「とんでもない! 僕はかつて、この島を襲い、皆さんを傷つけた大罪人です。そんな僕が頭になるなんて、できるはずがありません」

しかし、集まっていた村の鬼たちが口々に言いました。

「桃太郎、お前のおかげで島は豊かになった」

「過去のことはもういい。今のお前を見れば、誰が一番ふさわしいか分かるだろう」

かつての敵も味方も関係なく、全員が桃太郎を求めていました。その温かい眼差しに、桃太郎は涙をこらえ、深く頭を下げました。

「……分かりました。この命、一族のために捧げます」

こうして、鬼ヶ島に新しい頭が誕生しました。

桃太郎が定めた最初の掟は、悲しい歴史を終わらせるものでした。

『今後、ツノのない子が産まれても、決して捨ててはならない。島全体の子として、愛しみ育てること』

その教えのもと、鬼ヶ島はかつてないほどの愛と平和に満ちた、黄金の時代を迎えようとしていました。

第二章 鏡写しの悪夢

そんなある穏やかな日のことです。

島の見張り台から、けたたましい太鼓の音が響きました。

「敵襲だ! 人間の船が来るぞ!」

桃太郎が浜辺へ駆けつけると、そこには一艘の小舟と、凛々しい鎧に身を包んだ一人の少年剣士が立っていました。傍らには、勇猛な熊を従えています。

少年は、燃えるような瞳で叫びました。

「やい、悪逆非道の鬼ども! 人間の村を苦しめる悪党め、この『タケル』が成敗してくれる!」

その姿を見て、桃太郎は息を呑みました。

言葉遣い、正義に燃える瞳、そして何より……その少年の額には、鬼の証である「ツノ」がありませんでした。

(あの子は……まるで、昔の僕だ)

桃太郎は悟りました。彼もまた、自分と同じ運命を背負わされた「ツノなき鬼の子」なのだと。

「待ってくれ! 君は騙されているんだ!」

桃太郎は武器を持たずに歩み寄りました。

「僕たちは人間を襲っていない! 君も本当は、人間ではないのかもしれないんだぞ!」

しかし、タケルは聞く耳を持ちません。

「黙れ! 鬼の世迷い言など聞かん! お前たちが僕の親を苦しめている元凶だ!」

タケルは人間離れした脚力で砂浜を蹴り、恐ろしい速さで間合いを詰めました。

(速い……!)

桃太郎はやむなく刀を抜き、その斬撃を受け止めました。重く、鋭い一撃。それは間違いなく、鬼の血を引く者の力でした。

第三章 蠢く悪意

時を同じくして、海の向こうの人間の村。

村の長(おさ)と、あくどい商人が密談をしていました。

「『鬼退治』の先発隊、タケルを送り込みました」

「ククク……うまくいったな。最近、どういうわけか『親のいない捨て子』の中に、人並外れた力を持つ者がいることに気づいて正解だった」

彼らは、その子供たちが鬼であるという真実など知りませんでした。しかし、時折川から流れてきたり、山に捨てられたりする「身寄りのない子」が、異常な怪力と回復力を持つことに目をつけたのです。

「親のいない捨て子は扱いやすい。人間のために戦えと教え込めば、勝手に命がけで鬼を懲らしめてきてくれる」

「鬼がいなくなれば島の財宝は我々のもの。仮にその子供が倒れても、また拾ってくればいい」

彼らは酒をあおりながら、下卑た笑い声をあげていました。タケルもまた、彼らの欲望のために「作られた英雄」に過ぎなかったのです。

第四章 犬の咆哮と記憶

鬼ヶ島の浜辺では、激しい火花が散っていました。

タケルの剣技は洗練されており、鬼の力と人間の技術が融合した恐るべき強さでした。桃太郎も防戦一方になります。

「覚悟しろ、鬼の頭!」

タケルがとどめの一撃を放とうとした、その時です。

「やめてくれ! 桃太郎さんや鬼たちと争わないでくれ!」

桃太郎の背後から、一匹の犬が飛び出し、必死の形相で叫んでタケルの前に立ちはだかりました。かつて桃太郎と共に鬼退治に来て、今は島で仲良く暮らしている、あの犬です。

その懐かしい声に、タケルの動きがピタリと止まりました。

振り上げられた刀が、空中で震えます。

「……ポチか? お前、ポチなのか?」

タケルが幼いころ、村の路地裏で唯一心を許し、パンを分け合った野良犬。ある日突然姿を消した、大切な友達。

犬はタケルの足元に駆け寄り、涙声で訴えました。

「そうだよタケル! ずっと会いたかった! でも、こんな形で会いたくなかったよ!」

タケルの目から殺気が消え、代わりに大粒の涙が溢れ出しました。カラン、と刀が砂浜に落ちます。

「お前、生きていたのか……!」

タケルはその場に膝をつき、犬を抱きしめました。犬もまた、タケルの頬を舐めて再会を喜びます。

「タケル、聞いてくれ。ここの鬼たちは悪い奴らじゃないんだ。桃太郎さんも、僕の大切な恩人なんだよ」

かつての友である犬の言葉は、どんな理屈よりも深くタケルの心に届きました。彼は悟りました。自分は騙されていたのだと。

終章 新たな怒り

戦いは終わりました。

桃太郎の屋敷で、落ち着きを取り戻したタケルは、自身の身の上を語り始めました。

物心ついた時から「忌み子」として蔑まれてきたこと。しかし、類稀な力を見出され、村の長たちに「鬼を倒せば英雄になれる」「そうすれば村のみんなも認めてくれる」と教え込まれてきたこと。

それは、かつての桃太郎以上に残酷で、計算された洗脳でした。

「僕は……利用されていただけだったのか……」

タケルは拳を握りしめ、悔しさに震えていました。

その話を聞いていた桃太郎の中で、何かが音を立てて崩れました。

かつて感じたことのない、重く、しかし静かで熱い炎が腹の底から湧き上がってくるのを感じました。

自分たちの種族としての誇りを踏みにじり、子供たちの純粋な心を兵器として利用し、金儲けの道具にする。

それは、もはや「人間と鬼のすれ違い」などという生易しいものではありませんでした。

「許せない……」

桃太郎は静かに呟きました。

「タケル、君にはまだ仲間がいると言ったね?」

「はい……訓練施設には、まだ十人ほどの『兄弟』たちがいます」

桃太郎は立ち上がりました。その目には、優しき王の光と共に、悪を断つ修羅の光が宿っていました。

「行こう。これ以上、あいつらの好きにはさせない」

かつては「偽りの正義」のために海を渡った桃太郎。

今、彼は「本当の正義」と「同胞」を守るため、そして人間の皮を被った真の悪魔を成敗するため、再び海を渡る決意を固めたのでした。

(つづく)