短編小説(完結編):『愛しみの桃太郎4 ~偽りの鎖を断ち切る刃~』

第一章 闇夜の帰還

月のない闇夜に紛れ、一艘の大きな船が、静かに人間の村の裏手にある岩場へと接岸しました。

降り立ったのは、桃太郎、タケル、犬のポチ、そして猿とキジを含む数名の精鋭たちです。

「こっちだ。奴らの屋敷の裏に、僕たちが寝起きさせられている蔵がある」

タケルの案内で、一行は音もなく進みます。

かつて桃太郎は、この村を守るために戦いました。しかし今、彼はこの村に巣食う「悪魔」を討つために戻ってきたのです。

村の中央にある豪邸からは、下品な笑い声と宴の音が漏れていました。長(おさ)と商人たちは、まだタケルの敗北を知らず、手に入るはずの財宝を夢見て祝杯をあげていたのです。

第二章 冷たい蔵の中で

豪邸の裏にある古びた蔵。その重い扉の向こうには、痩せ細った十人の子供たちが押し込められていました。

彼らは皆、タケルと同じようにツノがなく、そして人並み外れた力を持つ「鬼の子」たちでした。しかし、その瞳には光がなく、ただ命令を待つ人形のように座り込んでいました。

「……タケル兄ちゃん?」

一人の少女が、扉の隙間から差し込んだ月明かりに気づきました。

鍵を破壊し、桃太郎たちが中に入ると、子供たちは怯えて身を寄せ合いました。

「大丈夫だ、みんな」

タケルが優しく声をかけます。

「もう戦わなくていい。迎えに来たんだ。本当の家族のもとへ」

その言葉に、子供たちは困惑しました。しかし、タケルの後ろに立つ桃太郎の姿を見て、本能的に何かを感じ取りました。自分たちと同じ匂い、しかし自分たちとは違う、圧倒的に温かく大きな存在感を。

第三章 断罪の時

「何事だ!」

騒ぎを聞きつけた長と商人が、護衛の荒くれ者たちを引き連れて蔵へやってきました。

「貴様ら……タケル、なぜ戻ってきた! 鬼退治はどうした!」

長が怒鳴ると、タケルは静かに、しかし力強く言い放ちました。

「鬼退治なら終わったよ。……目の前にいる『本当の鬼』を見つけたからな」

「なに?」

次の瞬間、タケルの背後から桃太郎がゆっくりと歩み出ました。

月明かりに照らされたその姿を見た瞬間、長と商人は腰を抜かしてへたり込みました。

「も、桃太郎……!? なぜお前がここに!」

かつて自分たちが村から追い出し、鬼ヶ島へ追いやった英雄。その瞳は今、かつてないほど冷たく、底知れぬ重い光を宿していました。

「久しぶりですね」

桃太郎の声は低く、地響きのように彼らの腹の底へ響きました。

「あなたたちは、僕や村の人々をだましただけでは飽き足らず、同じ過ちを何度も繰り返し、あまつさえその子供たちを金儲けの道具にした」

桃太郎が一歩踏み出すたびに、護衛たちは恐怖で武器を取り落とし、逃げ出していきました。悪人たちが金で雇った忠誠心など、本物の王の気迫の前では紙切れ同然でした。

第四章 偽りの崩壊

「や、やれ! お前たち、こいつらをなぎはらえ!」

長は狂ったように叫び、子供たちに命令しました。

「言うことを聞けば飯をやるぞ! 逆らえばお仕置きだ!」

その言葉に、子供たちの体がびくりと震えました。長年の恐怖による支配は、そう簡単には解けません。子供たちが苦悶の表情で立ち上がりかけた時です。

ドンッ!

桃太郎が地面を強く踏み鳴らしました。

「恐れることはない!」

その一喝は、子供たちを縛り付けていた見えない鎖を粉々に砕きました。

「君たちは道具じゃない。誇り高き鬼の一族だ。僕が……新しい『頭(かしら)』が許す。もう二度と、こいつらの命令を聞く必要はない!」

その言葉と共に、桃太郎は手を差し伸べました。

子供たちは涙を流しながら、一人、また一人と桃太郎の元へ駆け寄りました。タケルもポチも、彼らを優しく抱きしめます。

後に残されたのは、孤独に震える長と商人だけでした。

最終章 裁きと夜明け

「助けてくれ……金ならある、いくらでもやる!」

這いつくばって命乞いをする商人に、桃太郎は冷徹に見下ろしました。

「命は取らない。汚れた血で刀を汚したくはないからな」

桃太郎は、蔵の中に隠されていた帳簿の束を放り投げました。そこには、人身売買や横領など、彼らの悪事の全てが記されていました。

「これを明日、お城の役人に届ける。お前たちは人間の法で裁かれるんだ。これまでの名声も財産も全て失い、冷たい石の牢獄で罪を償うといい」

それは、死よりも辛い、社会的抹殺という罰でした。

空が白み始めた頃、桃太郎たちは船を出しました。

甲板には、タケルと十人の子供たち。彼らは初めて見る海の広さと、昇ってくる朝日の美しさに目を輝かせていました。

「桃太郎さん、俺たち、本当に行っていいんですか? 鬼ヶ島へ」

タケルの問いに、桃太郎は微笑んで答えました。

「もちろんだ。島のみんなも待っている。ツノがあろうとなかろうと、あそこは僕たちの家だ」

船は朝日に向かって進みます。

かつて人間を憎みかけた鬼の子は、今や多くの「弟妹」たちを守る兄となり、その傍らには優しき王と、勇敢な動物たちが寄り添っています。

鬼ヶ島にはこれから、かつてないほど賑やかで、温かい日々が訪れることでしょう。

これは、桃から生まれた一人の鬼が、本当の愛と家族を取り戻すまでの、長い長い物語。

(おわり)