2026.04.10 秋葉原
「……うっぷ」
秋葉原駅の地下、コインロッカーの前で、影山リアム(かげやま・りあむ)は口元を押さえた。
吐き気がする。
視界が緑色の『文字』で埋め尽くされているからだ。
生まれつきの特異体質――**『電子視覚(デジタル・ヴィジョン)』**が、今日も現実の風景を拡張現実(AR)のように侵食し、過剰な情報を脳に送り込んできている。
英国人の父を持つハーフゆえの色素の薄い容姿と、着崩した高校の制服。はた目には端正な顔立ちの少年にしか見えないが、その青色の瞳は、常に世界の裏側にある「感情のソースコード」を強制的に視認させられているのだ。
「おい、君。顔色が悪いぞ、大丈夫か?」
駅員が声をかけてくるが、リアムは手をヒラヒラと振ってそれを制した。
彼の目には、駅員の声すら『<Sound: NPC_Voice_01>』というログとして流れて見える。
(……うるさいなぁ。ただの処理落ちだから放っといてよ)
リアムの視線の先にあるのは、ロッカーの上に置き去りにされた、一台のスマートフォンだ。
画面は割れていない。最新機種だ。
だが、リアムの目には、そのスマホからおぞましいほどの量の「緑色の文字列」が噴き出し、ロッカー全体を覆い尽くしているのが見えていた。
while (true) {
Notice_Me();
Love_Me();
if (Like_Count < 1000) { Anxiety_Level++; }
}
(……うわ。無限ループじゃん。メモリ食いすぎでしょ、これ)
それは、所有者の少女が抱えていた**「承認欲求の暴走」**のコードだった。
『見て』『いいねして』『無視しないで』。
SNSへの依存と、反応がないことへの焦り。
その感情のコードは、最適化されておらず、冗長で、見るに耐えないほど汚い(ダーティな)記述だった。
リアムのような「完璧主義のプログラマー」にとっては、その非効率な感情構造自体が生理的な嫌悪感(バグ)なのだ。
リアムはパーカーのポケットから、愛用のコンパクトキーボード(HHKB Professional HYBRID Type-S 無刻印モデル)を取り出した。
そして、ワイヤレスでスマホの「感情領域」に強制接続(ハッキング)する。
「どれどれ……ソースのコア(深層)はどうなってんの?」
リアムの瞳の中を、緑色のコードが高速で流れていく。
彼は、少女がなぜここまで他人の評価に依存するのか、その根源にある変数 Self_Esteem(自尊心)の値を参照しようとした。
Accessing variable: Self_Esteem…
>Error: NullPointerException
リアムは深いため息をついた。
「……あーあ、**『ヌルポ』**だ」
参照先がない。空っぽだ。
自分自身の中に価値を見いだせないから、外部からの「いいね」で埋め合わせようとして、無限ループに陥っている。
典型的なバグだ。
「ガッ……と殴って直るもんでもないしね。しょうがない、僕がリファクタリング(最適化)してあげるよ」
カチャ、カチャ、カチャカチャカチャッ……!
静かな地下通路に、小気味良い打鍵音が響く。
リアムの細い指が、残像が見えるほどの速度でキーを叩く。
(Notice_Me 関数はコメントアウト。Anxiety_Level の閾(しきい)値を再設定。依存ライブラリ SNS_Addiction をアンインストール……っと)
まるでテトリスのブロックを消していくように、絡まり合った欲望のコードが整理され、短く、美しく書き換えられていく。
『Enter』
タァンッ!
リアムが最後にエンターキーを小指で軽やかに叩いた瞬間。
スマホから噴き出していた緑色のノイズが、シュンッ……と収束し、消滅した。
後に残ったのは、ただの静かなスマートフォン。
そこにあったドロドロとした執着は消え、シンプルで機能的な「通信機器」としての正常なコードだけが残っていた。
「……ふぅ。スッキリ。これでシステムは安定した」
リアムはキーボードをポケットに突っ込んだ。
そこへ、息を切らした若い女性が走ってきた。
「あっ! やっぱりここにあった! 私のスマホ!」
女性はロッカーの上のスマホを手に取った。
その瞬間。
さっきまでは「スマホがないと死ぬ」というような悲壮な顔をしていたはずだが、今は不思議そうな顔をしている。
「……あれ? なんで私、こんなに必死だったんだろ」
彼女はスマホの画面を見た。SNSの通知が来ているが、彼女はそれを開こうともせず、ふと息を吐いた。
「ま、いっか。……なんか、今日はもう見なくていいや」
彼女はスマホをバッグにしまうと、軽やかな足取りで去っていった。
彼女の中の「承認欲求」というバグは、リアムによって強制的に「修正(Fix)」されたのだ。
彼女はもう、「いいね」の数に一喜一憂することはないだろう。それが彼女の意志であるかに関わらず。
リアムはエナジードリンクのプルトップを開けた。
プシュッ。
炭酸の泡が弾ける音を聞きながら、彼は冷めた目で呟いた。
「人間ってのは、バグだらけの低スペックマシンだよねぇ」
秋葉原の電気街のネオンが、リアムの猫背をサイバーパンクな色彩で照らしていた。
(第2話へつづく)
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。
【影山リアムのIT用語解説コーナー】
- ……やれやれ。専門用語が多くて処理落ちしそうな一般ユーザーのために、僕が直々に解説してあげるよ。少しは脳内メモリを最適化してよね。
- > 無限ループ(while(true))
終わりの条件が設定されておらず、永遠に同じ作業を繰り返してしまう致命的なバグ。「承認欲求」のループなんて、リソースの無駄遣いもいいとこだよ。 - > ヌルポ(NullPointerException)
プログラムが「中身が空っぽのデータ」を参照しようとして、パニックを起こすエラー。自分の中に「自尊心」がないのに、外部からの「いいね」で満たそうとするからエラーを吐くんだ。 - > リファクタリング(Refactoring)
外から見た動作は変えずに、内部のぐちゃぐちゃな構造(コード)だけを綺麗に整理整頓すること。絡まり合った他人の感情を美しく書き直してあげるんだから、僕には感謝してほしいよ。 - >
【本エピソードのシステム要件】
- > ⏱ 推定処理時間:約3分(サクッと読める軽量プロセス)
- > 🚬 推奨稼働環境:頭を空っぽにしたい、仕事の合間の一服中
- > 🏷 属性タグ:#承認欲求 #サイバーパンク #HHKB #ヌルポ
- > 💡 デバッグノート:今回のバグ原因は「他者評価への過剰な依存(NullPointerException)」。強制リファクタリングできれいさっぱり。
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