連載小説『感情の忘れ物4 秋葉原・影山リアム編』第6話 ~拡散される悪意のウイルス(Viral Infection)~

2026.05.17 秋葉原 中央通り(歩行者天国)

日曜日。歩行者天国で賑わう秋葉原は、コスプレイヤーや外国人観光客、そして買い物客でごった返していた。

平和な休日だ。

……少なくとも、表面上は。

「んー、今日はやけにパケット(感情の飛来)が多いな」

影山リアムは、ガードレールに腰掛け、愛飲しているドクターペッパーの缶を開けた。

彼の『電子視覚(デジタル・ヴィジョン)』には、空を飛び交う無数のチャットログとSNSの通知が重なっている。

普段なら、それらはただの背景ノイズだ。

だが、今日は違った。

ザザッ……!

突如、頭上の街頭ビジョンが歪む。

ジジジ……!

流れていた新作アニメのCMが途切れ、ノイズが流れ込み――

カタカタカタカタカタカタカタカ……

『***嘘つき***氏ね**害**
『***裏切り者***殺***悪**』
『**社会的に抹殺しろ**滅**醜*』

文字が、画面を喰い潰していく。

「……は?」

リアムが眉をひそめた瞬間、周囲の通行人たちのスマートフォンが一斉に鳴り響いた。

ピロリン! ピロリン! ピロリン!

不協和音のような通知音の合唱。

「うわっ、なんだこれ! スマホが勝手に動いてる!」

「えっ、私こんな書き込みしてない!」

人々のスマホが乗っ取られ、勝手に誹謗中傷を拡散し始めたのだ。

リアムは空を見上げた。

そこには、秋葉原の上空を覆い尽くすほどの、ドロドロとした暗緑色のコードが、雨のように降り注いでいた。

「うわぁ……。パンデミック(感染爆発)じゃん。誰だよ、こんなタチの悪いウイルスばら撒いたの」

―― それは、ある有名配信者の炎上騒動をきっかけに、ネット民の悪意が結合し、巨大な**「感情のウイルス(ワーム)」**へと進化したものだった。

個人のルサンチマンではない。顔のない群衆の、無責任な正義感と破壊衝動。

「ぐぁ……ッ!」

その時、近くで苦悶の声が上がった。

見ると、あのヘッドフォンの男――須藤が、膝をついてアスファルトに手をついていた。

「大丈夫ですか。須藤さん」

隣には、白い手袋の男――相沢が彼を支えている。

「くそっ……! 数が多すぎる……! 何万人いんだよ、これ……脳が焼けるぞ!」

須藤は脂汗を流しながら、ヘッドフォンを必死に耳に押し付けている。

彼には、この大量の悪意が「大音量の絶叫」として直接脳に響いているのだ。

相沢もまた、厳しい表情で空を見上げていた。

彼が手をかざし、『浄化の光』を放つ。

通りのざわめきが、一瞬だけ静まる。

だが次の瞬間、誰かの端末が震え、視線が濁る。

次々と湧き出る悪意に対し、それは焼け石に水だった。

「……いけません。個人の『未練』とは訳が違います。これは……『災害』です」

アナログな能力を持つ彼らには、このデジタルのトレント(奔流)はどうすることもできない。

物理的な距離も、個人の特定もできない「クラウド上の悪意」――実体のないそれには、触れることすらできないのだ。

「あーあ。見てられないなぁ」

パニックになる群衆の中で、リアムだけが冷ややかにドクターペッパーを飲み干し、空き缶をゴミ箱に投げ入れた。

「だから言ったじゃん。フール(馬鹿)をネットワークに繋ぎすぎなんだよ」

リアムは二人の方へ歩み寄ると、近くのデジタルサイネージのメンテナンスハッチを、足でガンッと蹴り開けた。

「えっ、君は……!」

相沢が驚いた顔をする。

「どいてて。ここから先は、僕のテリトリーだ」

リアムは制御ポートに、愛用のHHKBを直結した。

「レイヤー1(物理層)からの侵食か……。カーネルまで食い込まれてるね。ワクチンプログラムを注入する」

相沢と須藤が、暴徒化しそうな群衆を必死に抑える中、リアムの指が残像を残して走る。

>Deploy_Vaccine_Ver1.0…
>Target: Infinite_Malice_Worm

カチャカチャカチャカチャ……ッターン!

リアムがエンターキーを叩くと、街頭ビジョンを埋め尽くしていた罵倒の文字が、端からパラパラと剥がれ落ちていった。

緑色のコードが、ウイルスを食い荒らしていく。

「ちょろいね。所詮はスクリプトキディ(ガキ)のレベルだ。ロジック(論理)で組まれてない悪意なんて、脆いもんだよ」

リアムは鼻で笑った。

勝利を確信した。

だが、その直後だった。

『***ユルサナイ*
『**オマエモ*キエロ*』
『*セイギ**シッコウ*』

消えかけたはずの文字が、赤黒く変色し、さらに過激な言葉に変わって復活したのだ。

それだけではない。リアムのHHKBからバチバチと火花が散り、指先に熱が走る。

「ッ!? アダプト(適応)しただと……?」

リアムの顔色が変わる。

ウイルスが、リアムの駆除プログラムを学習し、リアルタイムで『耐性』を獲得して逆流してきたのだ。

「馬鹿な……ただの感情データのくせに、ディープラーニング(自己学習)してるのか!?」

論理的ではない。

「あいつが憎い」「許せない」という感情には、計算可能なロジックがない。

だからこそ、無限に増殖し、どんな論理的な壁も食い破ってくる。

「くそっ、処理が追いつかない……! CPU(脳)のリソースが足りない……!」

リアムの額から、冷や汗が流れ落ちる。

画面の向こう側には、何万人もの「顔のない悪意」がいる。

一人では勝てない。

―― 1 対 50000。

このままでは、リアム自身のシステム(精神)が焼き切れる――。

「……ガッ、デム(Goddamn)……!」

秋葉原の空が、赤黒い絶望の色に染まっていくのを、リアムはただ見上げることしかできなかった。

(第7話へつづく)


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。


liam_kageyama@akihabara:~$ man it_words

【影山リアムのIT用語解説コーナー】

  • ……モブの悪意なんて、いくら集まっても脆いもんだと思ってたけど、論理が通じない一番厄介なマルウェアだった。……CPU(脳)が焼き切れそうだ。

  • > スクリプトキディ
    他人が作ったツールやプログラムをコピペして使ってるだけの、技術力がない素人ハッカーのこと。便乗して誹謗中傷を拡散してる連中なんて、全員これと同じレベルのガキだよ。
  • > ディープラーニング(深層学習)
    AIが大量のデータから自分で法則を見つけ出し、学習していく技術。ただの感情のノイズのくせに、僕の駆除プログラムをリアルタイムで学習して耐性を付けるなんて、反則でしょ。
  • > ドクターペッパー(Dr. Pepper)
    20種類以上のフレーバーが混ざり合った、秋葉原のハッカーやエンジニアがこよなく愛する炭酸飲料。CPU(脳)を強制的にオーバークロックさせる、魔法の物理的パッチ。……ひとくち飲んで「薬みたいな味」って言ったら、即座にそのプロセス、キル(強制終了)するからね。
  • >

liam_kageyama@akihabara:~$ ./show_metadata.sh

【本エピソードのシステム要件】

  • > ⏱ 推定処理時間:約3分(サクッと読める軽量プロセス)
  • > 🎧 推奨稼働環境:人混みや喧騒から離れ、ノイズキャンセリングイヤホンをつけた状態
  • > 🏷 属性タグ: #パンデミック #スクリプトキディ #ディープラーニング #悪意のワーム
  • > 💡 デバッグノート:ネット民の悪意が結合した巨大ワームによるパンデミック(感染爆発)。自己学習機能を備えた未知のウイルスに対する、駆除プログラム展開の限界とエラーログを記録。
  • >

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