連載小説『感情の忘れ物4 秋葉原・影山リアム編』第2話 ~課金沼のランダム生成(Gacha Algorithm)~

2026.04.17 秋葉原 Eスポーツカフェ『ネオ・ヘヴン』

「うっわ……個室、タバコくっさ」

影山リアムは、馴染みのネットカフェのハイスペックPCブースに入った瞬間、顔をしかめた。

ここは全席禁煙のはずだけど、前の客の服に染み付いていたんだろう。換気扇が唸りを上げているが、ヤニの臭いはそう簡単には取れない。

「ま、エア・クリーナー(空気清浄機)なんて気休めだよね」

リアムは愛用のゲーミング・バックパックをドスンと下ろす。

だが、もっと酷いのは「空気」じゃなくて、そこに漂う**「残留思念(キャッシュ)」**だ。

デスクの隅、マウスパッドの上に無造作に置き忘れられた、一台のタブレット端末。

スリープモードにはなっていない。画面は点灯したままだ。

そこには、極彩色のエフェクトと共に、無慈悲なテキストが表示されていた。

『R(レア) × 9』
『SR(スーパーレア) × 1』

いわゆる「爆死」画面だ。

大人気ソーシャルゲームの期間限定ガチャ。

その結果画面から、見るもおぞましいどす黒い赤色の文字列が噴き出し、狭いブース内を埋め尽くしている。

while (Credit_Card_Limit > 0) {
 Gacha.Execute();
 Dopamine_Level = MAX;
 Sanity_Level = MIN;
 if (Result != SSR) { Anger++; Despair++; }
}
>Error: Insufficient Funds
>Error: Insufficient Funds
>Error: Insufficient Funds

「……うへぇ。典型的な『射幸心のバグ』じゃん。リソース管理ガバガバすぎでしょ」

リアムは鼻をつまむような仕草をした。実際には臭わないが、情報の「悪臭」が凄い。

持ち主はサラリーマンだろうか。

生活費か、あるいは子供の養育費か。本来アクセスしてはいけない領域(メモリ)にまで手を出し、それでも目当てのキャラが出なかった絶望と、怒りと、焦燥。

それらが複雑に絡まり合い、スパゲッティコードとなってタブレットにへばりついている。

「プロバビリティ(確率)は絶対なんだよ。0.3%を引くために人生のリソースを割くとか、期待値計算できてなさすぎ」

リアムはパーカーのポケットから、HHKB(Happy Hacking Keyboard)を取り出し、手慣れた手つきで接続した。

彼にとって、これは「人助け」ではない。

目の前の「非論理的なバグ」が気持ち悪いから、デバッグ(改修)するだけだ。

「サンクコスト(埋没費用)バイアスがかかりまくりだね。……これじゃ、破産まで一直線の無限ループだ」

カチャ、カチャ、カチャカチャ……!

リアムの細い指が、キーボードの上を滑る。

サラリーマンの脳内に残された執着のコードを、論理的な記述へと書き換えていく。

(Desire_Function(欲望関数)の優先度を最低レベルにダウン。Logical_Thinking(論理的思考)のウェイトを最大化。ついでに……ペアレンタル・コントロール(課金制限)のレベルを最大にして、魂のルートディレクトリに書き込んでおこう)

ッターン!

リアムがエンターキーを強く叩くと、ブース内に充満していた赤い警告色が、シュンと音を立てて消滅した。

後に残ったのは、ただの「ゲームの結果画面」だけ。

そこにあった熱狂も、絶望も、全てはただの電子データに還元された。

「……はい、コンプリート」

その時、個室のドアが勢いよく開いた。

「あっ、ありましたか……!良かった!」

息を切らして戻ってきたのは、くたびれたスーツを着た中年男性だった。店員に案内され、血相を変えて飛び込んできたのだ。

「す、すいません! それ、私の……!」

彼は震える手でタブレットをひったくるように掴んだ。

さっきまでは「あと一回! 次こそは出るはずだ!」という熱病に浮かされていたはずだ。

しかし、画面を見た瞬間、彼の表情からスッと「熱」が引いた。

「……あ、あれ?」

彼は不思議そうに画面を見つめた。

爆死した結果画面。さっきまでは、悔しさで端末を叩き割りたかったはずの画像。

だが今は、ただの「絵」にしか見えない。

「……俺、なんでこんなデータに、5万も……?」

彼は冷静な目で画面を見つめ、そして迷いなくホーム画面に戻った。

アプリアイコンを長押しする指に、迷いはない。

『このアプリを削除しますか?』
『はい』

「……馬鹿みたいだ。今月の昼飯代、どうしよう」

サラリーマンは、深く項垂(うなだ)れながらも、憑き物が落ちたように店を出て行った。

借金地獄への道は回避された。

―― だが、彼の人生から「ワクワクする高揚感」や「夢を追う熱量」という感情もまた、完全に削除(アンインストール)されていた。

リアムはモニターに向き直り、自分のFPSゲームを起動する。

ログインボーナスを受け取りながら、彼は小さく呟いた。

「人間ってのは、なんで期待値の計算もできないのかなぁ。バグってるよね、ホント」

画面の中では、ヘッドショットを決めたリアムのアバターが、無機質に勝利のダンスを踊っていた。

(第3話へつづく)


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。


liam_kageyama@akihabara:~$ man it_words

【影山リアムのIT用語解説コーナー】

  • ……他人の感情の残骸(ゴミ)ほど、見ていて不快なものはないよね。システムは常にクリーンに保たないと。

  • > キャッシュ(Cache)
    一度読み込んだデータを一時的に保存して、次に引き出す時に早くする仕組み。便利だけど、今回は他人のドロドロした「残留思念」がキャッシュとしてこびり付いてて最悪だった。
  • > スパゲッティコード
    処理の順番や構造がぐちゃぐちゃに絡まり合って、解読不能になった酷いプログラムのこと。ガチャの爆死で発狂してる頭の中なんて、まさにこれだよ。
  • > 爆死(ばくし)
    ソーシャルゲームのガチャで大量の課金アイテムを消費したのに、目当てのキャラ(SSR等)が出ないこと。はぁ……。たかがデータ上の0と1の配列を手に入れるために、現実の資産(リソース)を限界まで突っ込んで。人間ってのは本当にバグってるよね。
  • >

liam_kageyama@akihabara:~$ ./show_metadata.sh

【本エピソードのシステム要件】

  • > ⏱ 推定処理時間:約3分(サクッと読める軽量プロセス)
  • > 📱 推奨稼働環境: ソシャゲのデイリーミッション消化後、少し冷静になったタイミング
  • > 🏷 属性タグ:#ガチャ爆死 #サンクコスト #期待値計算 #キャッシュ
  • > 💡 デバッグノート:確率の壁を越えようとする非論理的な「射幸心のバグ」を検出。欲望関数の優先度を下げ、論理的思考を最大化させる最適化プロセスを強制適用。これで良しっと。
  • >

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