2026.05.17 秋葉原 ラジオ会館・屋上
ウイルス騒動が収束し、秋葉原にはいつもの、少し騒がしくて平和な夕暮れが戻っていた。
「じゃあな、クソガキ。また『おつむ(システム)』がイカれたら呼べよ。……次は有料だけどな」
須藤は鼻血を拭い、ぶっきらぼうに言い捨てて雑踏へ消えた。
「リアム君。たまにはモニターから目を離して、肉眼で世界を見てください。……意外と、美しいものですよ」
相沢は穏やかに微笑み、駅の改札へと向かっていった。
一人残されたリアムは、ラジオ会館の屋上へ上がり、フェンスに背を預けた。
「……肉眼で、ねぇ。相変わらずアナログな人たちだ」
彼が、視界を埋め尽くす膨大な『ログ(情報)』の奔流から、意識的に焦点を外そうと目を細めたその時だ。
「おっつかれー! リアムくーん!!」
背後から、聞き覚えのある、そして最も聞きたくない「底抜けに明るい声」がした。
リアムの背中に、冷や汗が走る。この声、この遠慮のない距離感、この圧倒的な「陽キャ」の気配。
リアムは反射的に飛び起き、引きつった顔で振り返った。
「げっ……理沙姉(ねえ)! なんでここに……!?」
そこには、白いワンピースを着て、満面の笑みを浮かべた女性、峰岸理沙が立っていた。
夕日を浴びてキラキラしている彼女のステータスは、リアムの視界では常に『解析不能』。
親戚の姉だというのに、ロジック(論理)が全く通じない感情の塊のような彼女は、幼い頃からリアムにとって最も苦手な「制御不能なイベント」だ。
理沙は、ズカズカと歩み寄ると、リアムの背中をバンと叩いた。
「相変わらずねぇ! 会うなり『げっ』って何よー。可愛い弟分が世界を救ったって聞いたから、わざわざ来てあげたのに!」
「……子供扱いしないでよ。それより、あのウイルス騒動、まさか理沙姉が絡んでないよね」
「失礼しちゃうわね! 私はただの善良な『忘れ物預かり所の管理人』ですよーだ。……ねえ、リアムくん。この街に溢れる人間の感情は、やっぱり君にとって『バグ』だった?」
理沙はニカッと笑って、リアムの顔を覗き込んだ。
その瞳には、巣鴨で鍛えられた「人の心に寄り添う」温かい光が宿っている。
リアムは毒気を抜かれたように、ドクターペッパーの缶を開けた。
「……ああ、バグだよ。非論理的で、リソースをバカ食いする。でも――」
彼は眼下に広がる、オレンジ色に染まった秋葉原の街を見下ろした。
そこには、相変わらず無駄な動きをして、無駄な熱量を放ちながら歩く人々がいる。
「……『リダンダンシー(冗長性)』としては優秀かもね。効率だけに特化したシステムは、想定外のエラーが一つ起きただけで全停止する。でも、人間っていうバグだらけのシステムは、今回みたいな絶望的な障害が起きても、誰かが身代わりになったり、誰かが支えたりして、無理やり動かし続けちゃうんだ」
理沙は、「うんうん」と満足そうに何度も頷いた。
「よし! 合格! それが分かったなら、はい、『これ』あげる!」
彼女が強引にリアムの胸に押し付けたのは、重厚な金属の質感を放つ、古びた**「フィルムカメラ」**だった。
「……はぁ? なにこれ。レンズの中にチップ(回路)すら入ってないじゃないか」
「君へのご褒美よ! 現像するまで何が写っているか分からないの。やり直しのきかない瞬間を、その不便さごと楽しんでみなさい!」
リアムが「重いんだけど……」と文句を言おうとした時には、理沙はもう出口のドアの方へ走っていた。
「あ、やば! 巣鴨の塩大福買って帰らなきゃ! 売り切れちゃう!」
「……はあ?」
「じゃあねリアムくん! またお正月にねー!」
バタンッ!!
理沙は嵐のように去っていった。
***
屋上には、再び静かな風だけが残った。
「……やれやれ。相変わらず台風みたいな人だ。一生勝てる気がしないよ」
リアムは一人、手渡されたカメラのファインダーを覗き込んだ。
そこには、デジタルなコードも、パラメータも表示されない。
ただ、夕日に照らされた秋葉原の街並みが、レンズ越しに生々しく切り取られていた。
「……ま、悪くない画質(解像度)だ」
カシャッ。
アナログなシャッター音が、夕闇の屋上に響いた。
リアムは、視界の隅で流れ続ける『電子視覚』の解析コードを、ふっ、と意識の外へ追いやった。
今の彼にはもう、世界の裏側ばかりを見る必要はない。
このバグだらけで、予測不能で、だからこそ強固な現実世界を、自分の目と足で生きていくのだから。
『System Update: Complete.』
『Rebooting… Welcome to Real World.』
(『感情の忘れ物4 秋葉原・影山リアム編』 完)
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。
【影山リアムのIT用語解説コーナー】
- ……さてと。リアルワールドはやっぱりバグだらけだけど、まあ、自分の足で歩くしかないみたいだね。
- > リダンダンシー(冗長性)
システムの一部が壊れても全体が止まらないよう、あえて予備を持たせる設計のこと。人間もバグだらけだけど、その分、誰かが誰かを補える“冗長性”を持ってるってことだね。 - > リブート(Reboot)
システムを再起動すること。エラーをリセットして、新しい状態で動かし直す。……さあ、僕の新しい日常も、リブート完了だ。 - > フィルムカメラ
プレビューもCtrl+Zも効かない、非効率極まりないレガシーデバイス。ノイズだらけで後から修正もできない不便な仕様だけど……その不完全さが、僕たちの泥臭い感情をセーブ(記録)するには、案外ぴったりなのかもね。……ほら、こっち向いて。三秒以内に笑わないと、そのままシャッター切るよ。 - >
【本エピソードのシステム要件】
- > ⏱ 推定処理時間: 約3分
- > 🌇 推奨稼働環境:すべてのタスクを終え、夕焼け空や帰り道を眺めながら
- > 🏷 属性タグ:#冗長性 #リブート #フィルムカメラ #現実世界
- > 💡 デバッグノート:制御不能なイレギュラー(身内)とのエンカウント。効率特化システムにおける「冗長性」の再評価と、バグだらけのリアルワールドへのリブートを実行。
- >
Next Season…
連載小説『感情の忘れ物5 品川・三浦省吾編』
「素晴らしい……これこそが、究極の食材だ」
他人の嫉妬や野心を喰らい、己の力へと変える――最凶の“美食家”が牙を剥く!
次なるフルコースの標的に選ばれた、巣鴨の見習い係員。
絶体絶命の危機に、歴代主人公たちが集結する!
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