二百人の正義が醜い手柄争いを繰り広げる修羅場の片隅で、体育座りをしていたウツボ男爵の脳裏に、一条の神々しい稲妻が走った。
そうだ。なぜ、こんな単純な真理を見落としていたのか。
彼には、残された「最後にして最大のカード」があったではないか。
暗黒帝国の怪人たちが、絶対的な劣勢を跳ね返すために用いる起死回生の秘儀。細胞の爆発的増殖による質量と次元の凌駕――すなわち「巨大化」である。
そうだ。巨大化さえすれば、この矮小な部屋でいがみ合う極彩色の羽虫どもなど、一足蹴りの下に踏み潰せる。歴代の同胞たちも皆、そうやって窮地を脱し、街を蹂躙し、己の力を見せつけてきたではないか。私にだって、その権利はあるはずだ。いや、むしろ今こそが、その力を解放する唯一にして最大の好機である。
ウツボ男爵は、冷たい床からゆっくりと立ち上がった。
彼の丹田の奥底で、どす黒い反物質のエネルギーが渦を巻き始める。全身の細胞が沸騰し、今まさに数十メートルの巨躯へと変貌を遂げようとした、その刹那だった。
ガラガラッ!
重厚な緊迫感を無残に引き裂く、ひどく安っぽいアルミサッシの擦れる音が響いた。
部屋の奥にある巨大な搬入口の扉が、外側から乱暴に開け放たれたのだ。
「お疲れ様でーす! すみませーん、ちょっと表でロボの点検お願いしまーす!」
首からストップウォッチを下げ、クリップボードを抱えたAD(アシスタント・ディレクター)と呼ばれる階級の人間が、甲高い声で叫んだ。そのあまりに日常的で事務的な響きは、手柄争いで殺気立っていた二百人のレンジャーたちの動きを、魔法のようにピタリと止めた。
「あ、はーい」
「了解っすー」
「とりあえず行くか」
「桃、またたのむわー」「なーんでいっつも私なのよー、あんたやりなさいよー」
先ほどまで血を洗う権力闘争を繰り広げていた戦士たちが、まるで昼休みのチャイムを聞いた工場の作業員のように、ぞろぞろと搬入口に向かって歩き出す。
ウツボ男爵は、巨大化へのエネルギーを寸止めしたまま、彼らの背中越しに「外の世界」を垣間見た。
そして、彼の両眼を覆う分厚い網膜は、信じがたい光景を捉えたのである。
体育館のように広大なこの楽屋の外には、さらに絶望的に広大な、地平線まで続くかのようなアスファルトの荒野が広がっていた。
そこに、いたのだ。
赤、青、金、銀。太陽の光を反射して暴力的なまでに輝く、鋼鉄の巨神たちが。
恐竜が合体したもの、新幹線が変形したもの、神獣が重なり合ったもの。あらゆるモチーフと狂気的なまでの装飾を施された巨大ロボットたちが、まるで大型ショッピングモールの駐車場に並ぶファミリーカーのごとく、寸分の狂いもなく整然と、横一列に並べられているではないか。
その数、ざっと数えて四十体。
男爵の優れた演算処理能力が、冷酷な数式を弾き出した。
五人のレンジャーで、一体のロボットに搭乗する。二百人のレンジャーがいるということは、すなわち四十体のロボットが即時稼働可能状態であるという、単純明快にして絶望的な事実。
ウツボ男爵は想像した。
もし自分が今、ここで巨大化を果たしたとする。
見下ろす地上には、蟻のように小さなレンジャーたち。「フハハ」と高笑いをした次の瞬間、地響きと共に四十体の巨大ロボットが一斉に駆動音を上げるのだ。
一体でも都市を更地に変える破壊力を持つ鋼の巨人が、四十体。
彼らが一斉に「超電磁必殺剣」や「大銀河キャノン」や「絶対無敵ブーメラン」を構え、自分ただ一人をぐるりと取り囲む光景。
それはもはや、戦闘ではない。単なる「巨大な公開処刑」であり、オーバーキルという言葉すら生温い、環境破壊レベルの無慈悲な「地ならし」である。
自分が巨大化したところで、四十体のロボットにタコ殴りにされ、四方八方から致死量の必殺技を浴び、特撮の採石場に巨大な火柱を上げて粉微塵になる未来しか見えない。
「あのー、そこの怪人さんも、一応外に出て巨大化してもらっていいですか? カメラワークの確認あるんで」
ADのドライな声が、男爵の鼓膜を虚しく揺らした。
男爵は、体内で沸騰していた巨大化エネルギーを、そっと、可能な限り静かに鎮火させた。
細胞の奥底に力を封じ込める作業は、己の悪のプライドをドブに捨てることに等しかったが、命には代えられない。
「……いえ、私はこのままのサイズで結構です」
ウツボ男爵は、誰にも聞こえないほどの小声で呟くと、再び元いた部屋の隅へと戻り、先ほどよりもさらに深く、膝を抱えて丸くなった。
巨大化とは、強者の特権ではない。
それは、圧倒的な暴力の祭典に、自ら極上のサンドバッグとして身を捧げるための、哀しき自滅の儀式に過ぎなかったのだ。
四十体のロボットのアイドリング音が、遠くから地鳴りのように響いてくる。
その重低音に怯えながら、ウツボ男爵はただひたすらに、自分が誰の目にもとまらない「プランクトン」サイズにまで縮小することを、暗黒帝国の神に祈り続けていた。
(第4話へつづく)
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。

