短編小説『怪人・ウツボ男爵の誤算2』~正義の分配~

第2話

怪人・ウツボ男爵の誤算 ~正義の分配~

目安読了時間
約4分
小説ジャンル
ユーモア純文学 / 特撮コメディ / 不条理・悲哀
主要登場人物
ウツボ男爵、最新レッド、15年前のレッド、20年前の戦士たち
【あらすじ】 200人のレンジャーに囲まれ絶体絶命のウツボ男爵は、お約束通り「最新ヒーロー」が前に出るのを心待ちにする。しかし、Vシネマの販促や玩具の売り上げに悩む歴代の先輩ヒーローたちが「尺」と「手柄」を巡って醜い権力闘争を始め、男爵は完全に蚊帳の外に置かれる。
#予定調和の崩壊 #大人の事情 #承認欲求 #特撮のお約束 #体育座り

二百という原色(スパンデックス)の暴力の海の中で、ウツボ男爵は静かに絶望を咀嚼(そしゃく)していた。

空間を埋め尽くす「正義」の密度は、深海の超高水圧すら凌駕している。彼らが一斉に腰のホルスターからレーザー銃を抜けば、ウツボ男爵の肉体など、瞬きする間に炭化し、光の塵となって消え去るだろう。

だが、男爵は暗黒帝国のエリート怪人である。この絶体絶命の淵にあっても、彼の冷徹な頭脳は、生存への極めて細い「蜘蛛の糸」を弾き出していた。

(……来るはずだ)

彼は知っている。この手の集団における、ある種の絶対的な「予定調和」を。

特撮という宇宙の法則において、無数の戦士が集結した際、必ず最前線に躍り出る者がいる。それは「現在放送中」の、最も新しく、最も瑞々しい最新の五人組である。

彼らは若さゆえの無謀さと正義感に胸を張り、背後に控える無数の歴戦の勇士たちに向けて、こう叫ぶはずなのだ。

『先輩方! ここは我々にお任せください!』

その一言さえ放たれれば、背後の百九十五人は「ふっ、頼もしい後輩ができたものだ」とばかりに微笑み合い、静かに道を譲る。それが、長きにわたって受け継がれてきた伝統であり、暗黙のルールである。

そうなれば、事態は「二百対一」という絶望から、「五対一」という日常的な業務へと劇的に改善される。ウツボ男爵は、額に浮かんだ脂汗を拭うことも忘れ、最新ヒーローの口が動くのを、まるで神の啓示を待つ巡礼者のように心待ちにしていた。

沈黙を破り、一番手前にいた今年の「レッド」が一歩前へ出た。

男爵の心臓が、歓喜に大きく跳ねた。

(言え! さあ、言うんだ! 『先輩方、ここは我々に』と!)

レッドは若々しい肺に空気を吸い込み、凛とした声で叫んだ。

「先輩方! ここは我々に——」

「——ちょっと待てよ」

その声は、最新レッドの瑞々しい台詞を、鋭利な刃物のように横から断ち切った。

声を上げたのは、部屋の奥でパイプ椅子に深く腰掛けていた、少し色褪せたスーツの「レッド」だった。彼は十数年前の放送枠を背負っていた男である。

「お前ら、こないだの冬の特番でも単独で怪人倒したばっかりだろうが。こっちはな、来月『放送十五周年記念Vシネマ』の発売を控えてるんだよ。ここでド派手な爆発を背負って、プロモーション映像の尺を稼がなきゃなんねえんだわ」

十五年前のレッドの生々しすぎる主張に、ウツボ男爵は我が耳を疑った。

(プロモーション映像……?)

だが、地獄の蓋はすでに開いていた。その発言を皮切りに、二百人の正義の戦士たちに潜んでいた「打算」と「承認欲求」が、次々と牙を剥き始めたのだ。

「ふざけんな! 尺が欲しいのはこっちも同じだ!」

立ち上がったのは、二十年前の戦士だった。「俺たちなんか、去年のオールスター映画で『その他大勢』扱いで、セリフひとつ無かったんだぞ! この怪人の首は俺が獲る!」

「いやいや、待ってくださいよ先輩」

別のチームのブルーが嘲笑うように手を挙げる。

「あなたたちの変身アイテム、もうプレミアムバンダイで受注終了してるじゃないですか。今、おもちゃの売上テコ入れしなきゃいけないの、ウチのチームなんですよ。スポンサーの意向、わかってます?」

「なんだと若造! 貴様らのデザイン、そもそも歴代へのリスペクトが足りんのだ!」

「うるせえ! 昭和の化石はすっこんでろ!」

怒号が飛び交い、胸ぐらをつかみ合う者すら現れた。

そこにあるのは、もはや愛と平和を守る高潔な戦士たちの姿ではない。限られた「出番(スクリーンタイム)」と「手柄」という名のパイを奪い合う、醜悪な権力闘争の修羅場であった。

正義とは、かくも利己的で、かくも政治的なものであったか。

ウツボ男爵は、自身の右手に握られた「処刑用の三又槍」が、ひどく場違いで滑稽なものに思えてきた。

彼らは、ウツボ男爵の強さなど微塵も気にしていない。彼らにとってこの怪人は、世界を脅かす邪悪なる敵ではなく、単なる「動くボーナス・ターゲット」であり「宣伝材料」に過ぎないのだ。

(誰か……)

男爵は、虚ろな目で眼前の惨状を見つめた。

(誰か、私を倒してくれ……)

彼は、悪の将軍への忠誠も、正義を滅ぼすという崇高な使命も、とうの昔に忘却していた。ただ、この身の置き所のない居心地の悪さから解放されたい。いっそ、この二百人全員で一斉に必殺技を撃ち込んで、一瞬で私を消し去ってくれ。

「いいか! このウツボは俺の獲物だ!」

「ふざけるな、俺のチームの必殺バズーカの試し撃ちにするんだ!」

口論はヒートアップし、ついに味方同士で武器を向け合うという、特撮史上最も不名誉な事態へと発展しようとしていた。

その輪の中心から完全に蚊帳の外に置かれたウツボ男爵は、そっと三又槍を床に置き、体育座りをした。

冷たい床の感触だけが、彼に残された唯一の真実だった。

孤独な悪党の目から、一筋のぬるい涙がこぼれ落ちた。それは、正義の戦士たちの誰にも気づかれることなく、楽屋の安っぽいカーペットに静かに吸い込まれていった。

(第3話へつづく)


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。


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