2026.05.03 秋葉原駅 中央改札口広場
「はぁ……はぁ……っ! うぅ……!」
連休中でごった返す駅の広場の片隅で、派手なメイクをした若い女性がうずくまっていた。
彼女の足元には、配信中のまま放置されたスマートフォンと、倒れたリングライトが転がっている。
スマホの画面を、猛烈な勢いでコメントが流れていく。
『逃げんのか?』『謝罪しろ』『引退乙』『誰?』『消えろ』『氏ね』……
リアムはエナジードリンクを飲みながら、冷ややかな目でそれを見下ろした。
彼女は過呼吸を起こしている。
リアムの目には、彼女の頭上から噴き出す、真っ赤な警告色(アラート)のコードが見えていた。
>Critical Error: Mental_Capacity exceeded. (メンタル許容量を超過しました)
>System Down imminent. (システムダウンが差し迫っています)
「うわぁ……。DDoS攻撃(集中砲火)による炎上か。完全に処理落ちしてるじゃん。見てられないなぁ」
彼女のカーネル(自我)は、悪意のパケット攻撃に耐えきれず、フリーズ寸前だ。
このまま放置すれば、強制シャットダウン(精神崩壊)を起こすだろう。
「しょうがない。この目障りなアラートは鬱陶しくてたまらないし、とりあえず止めてあげるか」
リアムはHHKBを取り出し、彼女のスマホではなく、彼女自身の「感情領域」に直接アクセスしようとした。
治療法は一つ。暴走している「恐怖」と「羞恥心」のプロセスを、強制終了(キル)することだ。
カチャカチャカチャッ……
彼がエンターキーに指をかけた、その時だった。
ガシッ。
「……!?」
横から伸びてきた手が、リアムの手首を掴んだ。
驚くほど強い力。しかし、どこか紳士的な所作だ。
見上げると、そこには駅員のような制服を着た、穏やかだが眼光の鋭い男が立っていた。手には、真っ白な手袋をしている。
「……待ちなさい」
「は? 何あんた」
リアムは反射的に手を振り払おうとしたが、男は動かない。
それだけではない。男の後ろからもう一人、ガラの悪そうな男が近づいてきた。
首に大きなヘッドフォンをかけた、目つきの悪い男だ。
「おいガキ。……テメェのその打鍵音、耳障りなんだよ」
ヘッドフォンの男が、不機嫌そうに顔を歪める。
リアムは目を見開いた。
(……こいつら、何だ?)
ただの通りすがりじゃない。
白い手袋の男は、うずくまる彼女の「痛み」を直視している。
ヘッドフォンの男は、彼女の「悲鳴」を聞いている。
(……まさか、こいつらも『ユーザー(能力者)』なのか?)
自分以外にも、この世界の裏側のコード(感情)を認識できる人間がいる。
リアムにとって、それは初めてのバグ。想定外の事態だった。
だが、戸惑いはすぐに苛立ちに変わった。
「……離してくんない? 彼女、今にもクラッシュしそうなんだけど」
「だからこそ、です」
白い手袋の男――相沢は、静かに言った。
「彼女のその痛みは、彼女自身が向き合い、乗り越えるべき『試練』です。君が勝手に削除していいデータではない。……その震えを止めるのは、君のキーボードではなく、彼女自身の意志だ」
「あぁ?」
リアムは鼻で笑った。
「何言ってんの、このおじさん。苦しんでる時間を長引かせるのが、あんたらの言う『優しさ』? 古いOS使ってそうな顔してさぁ」
「なんだと……?」
ヘッドフォンの男――須藤が舌打ちをした。
「お前には、その女の悲鳴がただの『信号』にしか見えてねえのか? 薄っぺらい処理してんじゃねえぞ」
「うるさいなぁ! 効率が全てでしょ!」
リアムは相沢の手を強引に振り払った。
議論している暇はない。彼女の呼吸は限界に近い。
アナログな精神論なんて聞いていられない。
リアムは瞬速でショートカットキーを叩いた。
管理者権限(スーパーユーザー)を行使する。
>sudo kill -9 emotion_process
リアムは構わずエンターキーを叩き込んだ。
ッターン!!
その瞬間。
「……っ、ふぅ……」
うずくまっていた女性の過呼吸が、ピタリと止まった。
まるで電源を切ったロボットのように、彼女の瞳から「恐怖」の色が消え失せた。
彼女はゆっくりと立ち上がり、無表情でスマホを拾い上げると、流れる罵倒コメントを一切無視して、配信停止ボタンを押した。
「……配信、終了します」
それだけを告げて、彼女は機械的な足取りで去っていった。
感情の起伏ごと削ぎ落とされた、あまりにも静かな後ろ姿。
広場には、気まずい沈黙が残った。
***
「……君のやり方は、早すぎる」
相沢は悲しげに首を振った。
「それは『解決』ではなく、ただの『消去』だ。彼女の心に、何も残らない」
「胸糞悪ぃな」
須藤はリアムを睨みつけた。
「テメェ、いつかその『効率』とやらに足元すくわれるぞ」
リアムはHHKBをバックパックにしまいながら、二人に背を向けた。
結果オーライだ。彼女は助かった。
感謝されこそすれ、説教される筋合いはない。
「……ふん。レガシーシステム(旧世代)の人はこれだから困るよ。アップデートできないなら、せめて僕の邪魔しないでくれる?」
リアムは吐き捨てるように言うと、足早に雑踏へと消えた。
だが、その背中には、相沢たちに否定されたことへの苛立ち――未処理のバグが、わずかに残っていた。
(第5話へつづく)
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。
【影山リアムのIT用語解説コーナー】
- ……アナログな精神論なんて聞いてられない。システムが落ちる前に、物理的に遮断するのが一番の解決策でしょ。みんなもそう思うよね?
- > DDoS攻撃(ディードスこうげき)
大量のパソコンから標的のサーバーに一斉にアクセスを送りつけ、パンクさせるサイバー攻撃。大勢でよってたかって一人に処理しきれない悪意をぶつけるとか、美しくないね。 - > スーパーユーザー(sudo)
システムに対して「何でもできる絶対的な権限」を持った管理者のこと。僕はその権限を使って、彼女のパニックを起こしてるプロセスを強制終了(kill)してあげたんだ。 - > OS(オペレーティング・システム)
PCやスマホ全体を管理し、動作の土台となる最も基本的なソフトウェア。システムにとっての「人格」や「絶対的なルール」そのもの。あのおじさんたちは、古いんだよ。使ってるOSが。 - >
【本エピソードのシステム要件】
- > ⏱ 推定処理時間:約3分(サクッと読める軽量プロセス)
- > 🌙 推奨稼働環境:ネットの炎上ニュースを見た直後の、静かな夜のクールダウンに
- > 🏷 属性タグ:#DDoS攻撃 #炎上 #sudo #レガシーシステム
- > 💡 デバッグノート:大量アクセスによるメンタル許容量超過(フリーズ寸前)アラートを検出。管理者権限での強制キルを試みるも、アナログな旧世代からの干渉により処理が中断されかけた。でも、結果的に執行出来たから良しとする。
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