2027.01.03 品川 『Le Miroir』個室(全壊)
「……水……純水をくれ……!! 口から胃の腑まで、ドロドロに溶かされていく……ッ!!」
三浦省吾は、高級ペルシャ絨毯の上を這いずり回っていた。
須藤から食らわされた「新宿の猛毒チーズ」の強烈なエグみが、彼の内臓を内側から腐り落としているのだ。
汗と涎(よだれ)と胃液で、かつて冷徹だった美貌は見る影もない。
「へっ。だらしないグルメ野郎だ」
須藤は呆れ顔で、手に持った白い箱を開けた。
「ほら、巣鴨。これ、相沢からのお年玉だ。『これ以上、余計な感情を吸い込まないように』ってよ」
箱の中に鎮座していたのは、新品の「白手袋」だった。 何の変哲もない綿の手袋に見える。 だが、その繊維の一本一本には、相沢が込めた**「絶対的な浄化の祈り」**が編み込まれており、直視できないほどの神々しい光を放っている。
「うわぁ……! 相沢さんの手袋だ……!」
理沙が目を輝かせる。
だが、それ以上に目を輝かせた男がいた。
床を這っていた三浦だ。
「……あ、あぁ……!!」
三浦の目が、その白手袋に釘付けになった。
激痛にのたうち回る彼の『視覚』には、その手袋が「ただの布」には見えなかった。
それは、溶解地獄に垂らされた蜘蛛の糸。
極上のミルクで作られた**「究極のヴァニラ・アイスクリーム」**。
冷たくて、甘くて、全ての苦痛を癒してくれる、奇跡のデザートに見えたのだ。
「……よこせ……」
三浦が、ゾンビのように立ち上がった。
「ん? なんだお前、まだやんのか?」
須藤が眉をひそめた瞬間。
「よこせェェェッ!! それは私のデザートだァァァッ!!」
三浦が、最後の力を振り絞って跳躍した。
人間離れしたバネ。
彼は須藤の手から箱ごと手袋をひったくると、あろうことか、その手袋を丸めて口の中に放り込んだ。
「――は?」
須藤が動きを止めた。
「えっ……?」
理沙とリアムも絶句した。
「んぐッ……!! ガフッ、ゴックン……!!」
三浦は白目を剥きながら、その綿の手袋を強引に喉に押し込み、嚥下(えんげ)した。
喉仏が大きく上下する。
「あ! バカ野郎! 何やってんだてめぇ!」
須藤が慌てて叫んだ。
「それは食いもんじゃねえ! しかも、ただの手袋じゃねーんだぞ!?」
だが、時すでに遅し。
三浦の胃袋に、相沢の「浄化の光」が着弾した。
一瞬の静寂。
三浦は、恍惚とした表情で天井を見上げた。
口の端からよだれを垂らし、震える声で呟いた。
「……すばら、しい……。なんという、清涼感……!」
彼の腹部が、カッと白く発光し始めた。
まるで、体内に太陽を飲み込んだかのように、皮膚を通して強烈な光が漏れ出している。
「あ、甘い……! いや、違う……これは……!?」
三浦の顔色が、恍惚から驚愕へ、そして絶望へと変わる。
それは「消化」できるものではなかった。
彼の体内にある「嫉妬」や「欲望」、「野心」といった不純物を、片っ端から**「強制洗浄(クリーニング)」**し始めたのだ。
「ぐ、ぐぼ……ッ!? あ、熱い……いや、冷たい……!? 腹の中で、何かが暴れて……ッ!?」
光が強くなる。
カッッッ……!! ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「ギギャァァァァァァァァァァッ!!!!」
もはや言葉にならない、獣が断末魔に上げるような凄惨な悲鳴。
三浦の体が、ビクンビクンと痙攣する。
相沢の浄化エネルギーは、三浦の許容量(キャパシティ)を遥かに超えていた。
「や、やめろ……! 苦しい……ッ!? 出て行けェェェッ!!」
三浦は腹を抱えて絶叫した。
そして――。
「――お、おごォォォォォォォッ!!!!」
三浦の口から、七色の光の柱が噴き出した。
それは、彼がこれまで食らってきた、数えきれないほどの「他人の感情」だった。
嫉妬の紫、野心の黒、愛着のピンク、そして猛毒チーズの赤。
全てが混ざり合った虹色のゲロ……もとい、エネルギーの奔流が、天井を突き破らんばかりの勢いで逆流(リバース)していく。
「うわっ、汚ねぇ!!」
「きゃあぁぁっ!!」
須藤と理沙は慌ててテーブルの下に隠れた。
リアムだけは、その光景を呆然と見上げていた。
System Alert: Excessive Light Detected.
Target: Miura -> Rebooting…
Status: Factory Reset
「……すごい。全部吐き出してる。メモリダンプだ」
光の逆流は数分間続いた。
三浦は手足をバタつかせ、タップダンスのように踊り狂いながら、体内の毒素を全て撒き散らした。
そして最後に、まだ光の残る白手袋が「ポンッ」と口から飛び出した。
「……ごちそう、さま、でした……」
三浦は真っ白に燃え尽きた灰のような顔でそう呟くと、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
ドサッ。
個室には、静寂と、消毒液のような清潔な匂いだけが残った。
「……」
須藤が恐る恐るテーブルの下から顔を出した。
床には、ピクリとも動かない三浦と、唾液まみれになった白手袋が転がっている。
「……おい。マジかよこいつ」
須藤は頭をガシガシとかきむしった。
「ただの食あたりで自爆しやがった……。最強の敵かと思ったら、とんだバカ野郎だぜ」
「あはは……」
理沙は引きつった笑いを浮かべた。
「で、でも、相沢さんの手袋ってすごいですね。物理的に悪を滅ぼしちゃいましたよ……」
こうして、品川を恐怖に陥れた「感情の美食家」の野望は、消化不良というあまりに情けない結末で幕を閉じたのだった。
(第8話 最終話へつづく)
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。

