連載小説『感情の忘れ物5 品川・三浦省吾編』第7話 ~デザート:浄化の白手袋(Dessert)~

2027.01.03 品川 『Le Miroir』個室(全壊)

「……水……純水をくれ……!! 口から胃の腑まで、ドロドロに溶かされていく……ッ!!」

三浦省吾は、高級ペルシャ絨毯の上を這いずり回っていた。

須藤から食らわされた「新宿の猛毒チーズ」の強烈なエグみが、彼の内臓を内側から腐り落としているのだ。

汗と涎(よだれ)と胃液で、かつて冷徹だった美貌は見る影もない。

「へっ。だらしないグルメ野郎だ」

須藤は呆れ顔で、手に持った白い箱を開けた。

「ほら、巣鴨。これ、相沢からのお年玉だ。『これ以上、余計な感情を吸い込まないように』ってよ」

箱の中に鎮座していたのは、新品の「白手袋」だった。 何の変哲もない綿の手袋に見える。 だが、その繊維の一本一本には、相沢が込めた**「絶対的な浄化の祈り」**が編み込まれており、直視できないほどの神々しい光を放っている。

「うわぁ……! 相沢さんの手袋だ……!」

理沙が目を輝かせる。

だが、それ以上に目を輝かせた男がいた。

床を這っていた三浦だ。

「……あ、あぁ……!!」

三浦の目が、その白手袋に釘付けになった。

激痛にのたうち回る彼の『視覚』には、その手袋が「ただの布」には見えなかった。

それは、溶解地獄に垂らされた蜘蛛の糸。

極上のミルクで作られた**「究極のヴァニラ・アイスクリーム」**。

冷たくて、甘くて、全ての苦痛を癒してくれる、奇跡のデザートに見えたのだ。

「……よこせ……」

三浦が、ゾンビのように立ち上がった。

「ん? なんだお前、まだやんのか?」

須藤が眉をひそめた瞬間。

「よこせェェェッ!! それは私のデザートだァァァッ!!」

三浦が、最後の力を振り絞って跳躍した。

人間離れしたバネ。

彼は須藤の手から箱ごと手袋をひったくると、あろうことか、その手袋を丸めて口の中に放り込んだ。

「――は?」

須藤が動きを止めた。

「えっ……?」

理沙とリアムも絶句した。

「んぐッ……!! ガフッ、ゴックン……!!」

三浦は白目を剥きながら、その綿の手袋を強引に喉に押し込み、嚥下(えんげ)した。

喉仏が大きく上下する。

「あ! バカ野郎! 何やってんだてめぇ!」

須藤が慌てて叫んだ。

「それは食いもんじゃねえ! しかも、ただの手袋じゃねーんだぞ!?」

だが、時すでに遅し。

三浦の胃袋に、相沢の「浄化の光」が着弾した。

一瞬の静寂。

三浦は、恍惚とした表情で天井を見上げた。

口の端からよだれを垂らし、震える声で呟いた。

「……すばら、しい……。なんという、清涼感……!」

彼の腹部が、カッと白く発光し始めた。

まるで、体内に太陽を飲み込んだかのように、皮膚を通して強烈な光が漏れ出している。

「あ、甘い……! いや、違う……これは……!?」

三浦の顔色が、恍惚から驚愕へ、そして絶望へと変わる。

それは「消化」できるものではなかった。

彼の体内にある「嫉妬」や「欲望」、「野心」といった不純物を、片っ端から**「強制洗浄(クリーニング)」**し始めたのだ。

「ぐ、ぐぼ……ッ!? あ、熱い……いや、冷たい……!? 腹の中で、何かが暴れて……ッ!?」

光が強くなる。

カッッッ……!! ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

「ギギャァァァァァァァァァァッ!!!!」

もはや言葉にならない、獣が断末魔に上げるような凄惨な悲鳴。

三浦の体が、ビクンビクンと痙攣する。

相沢の浄化エネルギーは、三浦の許容量(キャパシティ)を遥かに超えていた。

「や、やめろ……! 苦しい……ッ!? 出て行けェェェッ!!」

三浦は腹を抱えて絶叫した。

そして――。

――お、おごォォォォォォォッ!!!!

三浦の口から、七色の光の柱が噴き出した。

それは、彼がこれまで食らってきた、数えきれないほどの「他人の感情」だった。

嫉妬の紫、野心の黒、愛着のピンク、そして猛毒チーズの赤。

全てが混ざり合った虹色のゲロ……もとい、エネルギーの奔流が、天井を突き破らんばかりの勢いで逆流(リバース)していく。

「うわっ、汚ねぇ!!」

「きゃあぁぁっ!!」

須藤と理沙は慌ててテーブルの下に隠れた。

リアムだけは、その光景を呆然と見上げていた。

System Alert: Excessive Light Detected.
Target: Miura -> Rebooting…
Status: Factory Reset

「……すごい。全部吐き出してる。メモリダンプだ」

光の逆流は数分間続いた。

三浦は手足をバタつかせ、タップダンスのように踊り狂いながら、体内の毒素を全て撒き散らした。

そして最後に、まだ光の残る白手袋が「ポンッ」と口から飛び出した。

「……ごちそう、さま、でした……」

三浦は真っ白に燃え尽きた灰のような顔でそう呟くと、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

ドサッ。

個室には、静寂と、消毒液のような清潔な匂いだけが残った。

「……」

須藤が恐る恐るテーブルの下から顔を出した。

床には、ピクリとも動かない三浦と、唾液まみれになった白手袋が転がっている。

「……おい。マジかよこいつ」

須藤は頭をガシガシとかきむしった。

「ただの食あたりで自爆しやがった……。最強の敵かと思ったら、とんだバカ野郎だぜ」

「あはは……」

理沙は引きつった笑いを浮かべた。

「で、でも、相沢さんの手袋ってすごいですね。物理的に悪を滅ぼしちゃいましたよ……」

こうして、品川を恐怖に陥れた「感情の美食家」の野望は、消化不良というあまりに情けない結末で幕を閉じたのだった。

(第8話 最終話へつづく)


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。

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