諸君に、少しだけ歴史の話をさせてほしい。長くはならない。なにしろ私には、もうすぐ時間が――途方もない量の時間が、与えられることになっているのだから。
窓のない部屋だ。空調の音だけが、一定の高さで鳴り続けている。壁は白いが、白いというより、色を持つことを放棄した壁だ。ここに通されてから、私は何度も同じ角を見つめている。他に見るべきものが、何もないからだ。
二〇二六年。古い記録によれば、諸君が今まさに生きているその時代、まだ死刑という制度が存在していた。国家が、人の生命そのものを終わらせる。それが最も重い刑罰だと、誰もが疑いすら持たなかった時代だ。肉体が消滅すれば、人格も消滅する。死とは、そういう単純なものだと信じられていた。
その単純さが崩れ始めたのは、二〇七一年のことだ。人格を情報として読み取り、サーバーへと転写する技術が、初めて実用の段階に達した。最初はごく慎ましい目的だった。記憶を失っていく人の人格を、失われる前に保存しておく。ただ、それだけの技術だった。
三十年ほど経った頃、ある死刑囚が、執行の直前にこの技術で転写された。肉体は予定通り死を迎えた。だが人格は、サーバーの中で意識を保ち続けていた。
このとき初めて、世界は静かに動揺した。肉体を消しても人格が残るのなら、それは本当に「死刑」と呼べるのか。当人にとっては何も終わっていないのに、社会だけが「執行した」と思い込んでいるだけではないのか。
子供の頃、この話を教科書の片隅で読んだ記憶がある。当時の私には、遠い国の遠い議論のようにしか思えなかった。
十数年後、転写された人格の複製――いわゆるバックアップが可能になったことで、議論はさらに歪んだ形をとった。一つのコピーを消しても、別の場所に同じ人格が存在するなら、それは殺人と呼べるのか。逆に、複製された自分のうち一つが消される瞬間、その一つにとっては紛れもない終わりであることに変わりはないのではないか。殺人の定義そのものが、肉体の破壊から、情報の復元可能性の有無へと、音もなく移り変わっていった。
哲学者たちは、こう問うようになった。「あなた」とは何か。肉体か、それとも記憶と人格構造という、ただのパターンか。もし後者であるなら、肉体を破壊するという行為は、刑罰としての意味を半分失っている。そして誰かがこう続けた。バックアップが取れる以上、国家が本当にすべてのコピーを消し去ったと証明することは、原理的に不可能ではないか。だとすれば死刑は――唯一性を保証できない刑罰は――もはや刑罰として成立していないのではないか。
この頃から、罪の重さを測る基準そのものが変わり始めた。「殺したかどうか」ではなく、「取り返しがつくかどうか」。この一点が、罪の重さを決める尺度になっていった。今にして思えば、皮肉なものだ。まさにこの発想の転換のせいで、今日、私はここに立たされている。
二一五八年、死刑は正式に廃止された。代わりに導入されたのが、最も重い罪に対して科される、新しい形の刑だった。命は奪わない。ただ、時間だけを、途方もない長さに引き延ばす。その数字が――一万五千年という、人間の設計がそもそも想定していなかったものになった。
同じ頃、処理速度を操作する技術も確立されていた。サーバー内部の時間を、外の現実時間から切り離して加速させる。刑罰の執行にかかる時間は、現実世界ではものの数分に過ぎない。そのわずかな間に、サーバー内の受刑者は一万五千年もの刑期を過ごすことになる。
刑期を終えた人格のデータが、その後どうなるのかは、公には知らされていない。消去されるという噂もあれば、どこか別の場所で存続しているという噂もある。真偽を確かめる術は、誰にもなかった。
皮肉なことに、死刑を失った社会は、この新しい刑罰システムに別の重荷を負うことになった。かつて死刑一択だった重罪のすべてが、この新しい刑に流れ込むようになった一方で、人格を安全に抽出するための転写設備には限りがあった。判決を受けても、実際に転写処理が始まるまでには、順番を待つ列に並ばなければならない。現実時間で数週間、時には数ヶ月かかることも、珍しくなかった。
世論は、当然のように割れた。命を奪わないのだから死刑より人道的だ、と言う者たち。苦痛を、誰の目にも触れない速さで圧縮しているだけの、これは死刑よりも残酷な刑罰だ、と言う者たち。そして、サーバーの中で苦しんでいるのが果たして「本人」なのかどうかすら定かではないのに、この議論自体が空虚だと言う者たち。三つの声は、今も交わることなく、社会のあちこちで鳴り続けている。私自身、どの声にも完全には与しないまま、ここまで生きてきた。今となっては、皮肉な話だが。
***
判事は、私の顔を見なかった。書類だけを見て、量刑を読み上げた。
「主文、懲役一万五千年」
――そして、今。
保守官という肩書きの男が、私の頭に何かを取り付けている。金属の縁が、こめかみに触れる感触だけが、やけに現実味を持っていた。慣れた手つきだった。何百人、何千人にも、同じことをしてきたのだろう。
彼の背後の壁掛け時計を見た。秒針は、いつも通りに動いていた。私にとっての一万五千年が、あの秒針にとっては、数目盛り分の出来事でしかない。その事実に、少しだけ笑ってしまった。恐怖というより、あまりにも不釣り合いな重さに対する、乾いた笑いだった。
これから向こう側で目を覚ますのは、本当に私なのだろうか。何度も自問したが、答えは出なかった。心理的な連続性さえあれば同一人物だと言う者もいれば、肉体という器が変わった時点で、それはもう別人だと言う者もいる。どちらの立場を採るかで、この処置は「私が続く」ことにも「私がここで終わる」ことにもなる。結局、私はどちらの立場も選べないまま、ここに座っている。
諸君も、気になっているだろう。私の罪状を。
――データセンター不法侵入及び損壊。
たったそれだけだ。だが今の世界では、それは国家そのものへの反逆に等しい。人格を宿す器を傷つけることは、国民の存在そのものを脅かす行為とみなされるからだ。
なぜそんな真似をしたのか、と聞かれれば――好きだった女性がいた、とだけ答えておく。
声を、はっきりと覚えている。顔よりも先に、声から思い出す。他愛のない話をしているときの、少し早口になる癖。それだけが、今の私に残っている、彼女のすべてだ。
ある日を境に、彼女は私の前から姿を消した。理由は、今もはっきりとは分からない。分かっていたのは、彼女がすでに判決を受け、もう二度と私の手の届かない場所にいるということだけだった。
厳重に保護されたデータセンターの奥。転写を待つ受刑者たちが収容された待機房で、彼女は処理の順番を待っていた。
会いに行く方法はない、と誰もが言った。当然だ、正規の手続きなど、私には何ひとつ残されていなかったのだから。それでも私は、正面から扉を叩く代わりに、裏側から壁を壊すことを選んだ。
夜のデータセンターは、思っていたよりも静かだった。無数の機械が、規則正しい呼吸のような音を立てているだけで、そこに人の気配はほとんどなかった。警報が鳴るまでの数分間、私は必死で彼女のいる区画を探し続けていた。見つけられなかった。見つける前に、担当官という肩書きの者たちに取り押さえられた。あの数分間だけが、今の私にとって、いちばん自由だった時間だったのかもしれない。
彼女もまた、同じ量刑をすでに言い渡されていた。一万五千年。私が壁を壊しに行ったのは、その判決から数週間後のことだ。まだ処理の順番は回ってきていないはずだった。だからこそ、間に合うと思った。
私はただ、彼女を自分の手元に取り戻したかっただけだ。彼女の意志も、合意も、確かめようとは思わなかった。それが罪だということは、分かっていた。分かっていて、それでもよかった。今もまだ、後悔という言葉が、自分のどの感情に対応するのか、正直なところ分からずにいる。
保守官が、最後の確認をするように、私の名前を呼んだ。返事はしなかった。もうその名前でいる時間も、あと少しだ。この肉体は、この後「臓器提供」という名目でどこかの誰かの一部になるのだろう。それも、悪くない。
肉体という器が消えても、私という情報のパターンがサーバーに在り続ける限り――私は、消えない。皮肉なものだ。私がこれから一万五千年を過ごす場所は、私が壊そうとした器なのだから。
私がこれから向かう場所は、彼女のいる場所と同じなのか。それとも似て非なる別の器なのか。あの行列の順番は、もう彼女を通り過ぎてしまったのか。それとも、まだどこかで待っているのか。
むこうで彼女に会えるのかどうかは、行ってみないと分からない。それでも――会えるかもしれないという、ただそれだけのために、私はこの一万五千年を、恐怖ではなく、挑戦として受け取ることにする。
一万五千年。数字として大きすぎて、もはや恐怖の形すらしていない。だから諸君、私に語れる歴史はここまでだ。この先はまだ、どの記録にも残っていない。これから起きることを、私自身がその続きとして刻むことになる。
保守官が、最後のスイッチに手をかけた。空調の音が、少しだけ大きく聞こえた気がした。視界の端で、壁掛け時計の秒針が、また一目盛り進んだ。
それでは、いってくる。
(了)