2027.03.16 東京・吉祥寺 『吉祥寺駅 遺失物取扱センター』
「……狂ってんのか、お前?」
床に転がる三浦と、息を切らす相沢を交互に見比べ、如月(α)は心底気味悪そうに眉をひそめた。
「いきなりおっさんにゲロ吐かせて、何がしたいわけ? そんなに俺の凶器(定規)で斬り刻まれるのが怖いか?」
「……三浦さんには、罪を償っていただきました」
相沢は、素手になった右手を軽く握り込みながら、淡々と答えた。
「彼は特殊です。他人の強烈な感情をそのまま『食べて』消化できる、異常なまでの許容量(キャパシティ)と頑丈な内臓を持っている。だからこそ、私の強烈な浄化に耐え抜き、こうして『完全に空っぽ』の状態で生きている」
その言葉に、一番過剰に反応したのは須藤だった。
「おい、相沢! てめえ、頭おかしくなったのか!?」
須藤は血相を変え、相沢に怒鳴りつけた。
「馬鹿野郎!こんな得体の知れねえバケモノを前にして、味方にゲロ吐かせて制裁下してる場合かよ!このおっさんが他人の感情食ってもピンピンしてるような変態ボディじゃなかったら、間違いなく死んでたぞ!!」
「須藤さん、口を慎んでください。彼には必要な処置でした」
相沢が冷たく言い放つ。
そのやり取りを聞いていた如月(α)は、無防備に転がっている三浦の屈強な肉体を、まるでショーウィンドウの高級車を見るような、貪欲な目で見下ろした。
(……異常なまでの許容量? 頑丈な内臓、変態ボディだと?)
今の自分の規格外の思考速度や闘争本能を乗りこなすには、この未熟な十五歳の肉体(スペック)では全く足りていなかった。
だが、もしあの巨体で、しかも中身が『完全に空っぽ』なのだとしたら。
如月(α)の口から、ククッ、という押し殺したような笑い声が漏れた。
「……ハハッ、傑作だな。仲間割れしてる隙に、いいモン見せてもらったぜ」
如月(α)の足元から、ドス黒いオーラがさらに色濃く立ち上り始めた。
「俺の能力は『感情転移』だ。……こんな貧弱なガキの身体はもういらねえ。今から俺が、その『極上の器』を乗っ取ってやるよ! お前らが用意してくれた最強の肉体で、お前ら全員をミンチにしてやる!!」
「やめろッ!!」
相沢が悲痛な声を上げ、如月(α)に向かって手を伸ばす。
だが、遅い。
「ひゃははははッ!! 身体(クルマ)の乗り換えだァ!!」
如月(α)は、自分自身の内にある「αの人格と無差別の殺意」を限界まで圧縮した。
そして、それを黒い塊(スライム)のような状態にして口から吐き出し、床に倒れている三浦の顔面に向かって一気に射出した。
ズチャァァァンッ!!
黒いヘドロのような悪意が、三浦の鼻や口から一気に体内に侵入していく。
同時に、全てを出し尽くした如月淳の肉体は、糸が切れた操り人形のようにパタリと床に倒れ込んだ。
「えっ……!? 如月君から、離れた!」
理沙が驚きの声を上げる。
静寂が落ちたセンター。
数秒の沈黙の後。
ビクンッ!!
床に倒れていた大男――三浦の体が跳ね起きた。
いや、それはもう三浦ではない。
「……ッハァァァァァッ!!」
三浦(α)は、自身の太い腕を見つめ、両手で拳を握り込んだ。
ミシミシッと、スーツの下の分厚い筋肉が悲鳴を上げるほどの強烈な握力。
「すげえ……! なんだこの肉体は! 力が、底なしに湧いてきやがる!」
三浦(α)の顔に、邪悪で暴力的な歓喜の笑みが浮かぶ。
「最高だぜ、白手袋ォ! 感謝する! おかげで俺は、本物の『最強』を手に入れた!!」
三浦(α)が、相沢に向かって、丸太のような腕を振り上げた。
「死ねェッ!!」
剛腕が唸りを上げる――その直前。
「……ガッ!?」
三浦(α)の動きが、空中でピタリと硬直した。
「……あ? げぇッ、ごほッ!?」
突然、三浦(α)の喉の奥から、くぐもった異音が漏れた。
彼は自分の首を両手で掻きむしり、その場にド膝をついた。
「な、なんだ……!? 腹の奥が……焼け焦げるように、痛え……ッ!!」
三浦(α)の腹部――胃のあたりから、ジリジリと『純白の光』が漏れ出していた。
それは、まるで体内に飲み込んだ太陽が、内側から彼を焼き尽くそうとしているかのような光だった。
「……どうしました? 乗り心地は最高なのではなかったのですか」
相沢は、倒れた如月君を背に庇いながら、冷ややかな声で見下ろした。
「てめぇ……! 俺の体に、何を……しやがった……ッ!!」
血を吐きながら睨みつける三浦(α)。
「忘れたのですか? 私は先ほど、三浦さんに『私の右の手袋』を飲み込ませたはずです」
相沢は、素手になった右手をヒラヒラと振って見せた。
「私の手袋は、ただ相手を空っぽにするだけの道具ではない。触れた悪意を焼き尽くし、浄化する『強力な光の塊』です。……三浦さんには罪を償ってもらいましたが、胃の奥底には、まだ私の手袋が原型のまま残留している。強欲なあなたは、私と須藤さんの三文芝居に見事に騙され、自ら進んで『炎の檻』に飛び込んだのですよ」
その言葉を聞いた瞬間、須藤の肩がビクッと跳ねた。
(……えっ? 芝居……? あ、ああ、なるほど! そういうことか!!)
「……っ! そ、そういうことだ! 俺たちの完璧な演技に引っかかったな、この単細胞が!」
須藤は相沢の思惑に微塵も気づいておらず本気で怒鳴っていたのだが、結果オーライとばかりに顔を真っ赤にしながら、ドヤ顔で胸を張った。
「ぐ、あああああああッ!! あ、熱ぃぃぃぃぃッ!!」
三浦(α)が床を転げ回る。
「クソがッ! なら、こんな体、今すぐ捨ててやる!!」
三浦(α)は激痛に悶えながらも、再び『感情転移』を発動させ、黒いスライムとなって外へ逃げ出そうとした。
だが。
「逃がすかよ、クソ悪魔ァッ!!」
須藤が横から飛びかかり、三浦(α)の巨体を背後から羽交い絞めにした。
『共有(シンクロ)』のパイプが繋がり、αの離脱を力ずくで引き留める。
「私もッ!!」
理沙が両手から『白い蔦』を放ち、三浦(α)の手足をグルグル巻きにして床に縫い付けた。
「ぐおおおッ!? 離せッ、てめえら!!」
暴れる三浦(α)の顔面に、相沢が馬乗りになり、素手となった右手を力強く押し当てた。
「三浦さんには、少しの間だけ耐えてもらいましょう。……さあ、これで本当に『牢獄』の完成です」
三人の能力者が総出で、逃げ出そうとするαを「燃え盛る檻」の中に押さえつける。
「だ、だしてくれェッ!! やめろ、俺が、俺の魂が消えちまうッ!!」
絶叫する悪魔。
それを冷徹に押さえつける相沢たち。
相沢の仕掛けた起死回生の罠と、三人の連携は、寸分の狂いもなく、最悪の怪物を完全に捕らえていた。
連載小説『感情の忘れ物6 吉祥寺・如月淳編』
(第10話へつづく)
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。
